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インサートの進化を支える金型開発の歩み

インサート生産の根幹を担う金型の製造技術

自動車や航空機産業、医療分野など、最先端分野で多く使用される高性能材料の難削化は日々進んでおり、その変化とともに切削工具も進化し続けている。工具業界において、新たな性能が付加されたユニークな形状のインサートが次々と登場する一方で、その形状付与技術の歴史についてはあまり知られていない・・・。そんなインサートの製造を裏方で支えてきた部署の一つが、インサートの製造に必要不可欠な「金型」をつくっているモールドグループだ。NC機がまだ普及していない時代から現在に至るまで、金型の製造技術はどのような変遷を遂げ、彼らはどのような仕事をしてきたのか、その挑戦の歴史を追った。


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インサートの製造工程における金型の役割

 超硬インサートは、主に以下のような工程で製造されます。

1. タングステン(WC)にコバルト(Co)を混ぜ合わせ、 乾燥させて原料粉をつくる
2. 原料粉を金型に入れてプレスし、インサートの素材(プレス体)をつくる
3. プレス体を1,300度以上で加熱し、焼結体をつくる
4. 焼結体を機械加工(研削加工やホーニング加工など)する
5. CVDやPVDなどのコーティングを被膜し、最終検査をする

 三菱マテリアルのインサートの多くがこのようにしてつくられていますが、特に左記2のプレス加工に用いられるのがインサート製造用の金型です。プレス加工機に金型を取り付け、その中に原料粉を充塡してプレスすることでプレス体がつくられます。自動化されたプレスラインでは、24時間で数千個ものプレス体をつくることが可能です。金型は、一般的な形のものであれば数十万回のプレスに耐えられるように設計されています。

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Part 1 : 1970~

インサートの黎明期

 鋼製シャンクの先端に超硬合金製の切れ刃を銀ろうで接合した「ろう付けバイト」を三菱マテリアルが初めて発売したのは1956年のこと。耐摩耗性、耐欠損性に優れ、高い切削性能を持っていた一方で、破損したらバイト全体を廃棄しなければならないというコスト面で大きな課題がありました。 

 この課題を解決すべく登場したのが、超硬合金製の切れ刃(インサート)だけを交換することができる「インサート交換式工具」でした。最初に登場したインサートは、単純な三角や四角、丸などの形状で表面も平らなものでした。その後、切りくず処理性の向上と切削抵抗の低減を目的としてインサートのすくい面上にブレーカと呼ばれる凹凸を成形するようになりました。当時はシンプルな断面形状を持つブレーカを研削加工で成形するのが精一杯でしたが、研削形ブレーカを持つインサートは製造リードタイムも長く、また価格も高くなってしまうという課題がありました。そこで、プレス加工時にインサートの表面にブレーカを直接型押しする方法が考えられました。金型の上下パンチの先端の超硬素材を放電加工にて成形し、ブレーカ形状をインサートに転写するという方法です。しかし、当時は電極を加工する設備が汎用のフライス盤しかなかったため、いわゆる「全周形ブレーカ」と呼ばれる、切れ刃に沿って一律の単純な断面を持つブレーカしかつくることができませんでした。


Part 2 : 1980~

NC時代の幕開け モールデッドブレーカの登場

 この時期になるとNC制御のマシニングセンタが普及し始めました。3次元CADの登場により電極加工用のNCプログラムが容易に生成できるようになり、ボールエンドミルを用いた複雑な曲面加工が可能になりました。ブレーカ設計の自由度が一気に広がり、この頃からようやく使用用途に応じたさまざまなブレーカをつくることができるようになりました。この時代に誕生したのが、MAブレーカや7度ポジスタンダードブレーカでした。

 マシニングセンタが登場する以前は、電極加工のプログラムのデータの受け渡しを紙テープやフロッピーディスクで行っていました。今では考えられないような大変な作業が多くあり、当時を知るモールドグループの滝本洋司は次のように振り返ります。

 「紙テープとは、数cmの幅の黒い紙にパンチで穴をあけて情報を打ち込み、機械に読み込ませるものです。例えば単純な全周形ブレーカのプログラムであっても、テープに打ち込むと10mほどの長さになります。それだけの長さを打ち込むのにまず時間がかかりますし、もし途中で間違えたら最初からやり直しです。とにかく、何をするにも時間と手間が相当かかっていました」。

 そして、完成した金型が図面どおりできているかどうかは、熟練の測定技術を持つ職人が工具顕微鏡やマイクロメータといった手動の測定器を使って確認します。特に、雌型と上下パンチのすき間はシビアに設定されていますが、当時はその値を直接測定することが困難であったため、「すり合わせ」と呼ばれる独自の手作業によって最終の微調整を行っていたのです。


Part 3 : 2000~

曲線切れ刃や2穴インサートなど より複雑なインサート形状の誕生

 インサート設計およびモールド設計の全てが3次元CADに置き換わったのは2000年に入ってからでした。3次元モデルからCAMにより放電加工に使用する電極の加工プログラムが直接生成できるようになり、ブレーカのみならず、インサート全体の設計の自由度が大幅に向上しました。また、金型を製造する設備や測定器も大きく進歩したことから、従来技術では製作できなかった新たな形状を持つインサートが数多く誕生しました。

 この頃に導入された3次元測定器によって、今まで測定することが困難であった寸法が正確に測れるようになりました。製造技術の進化には加工と測定、両方の技術の向上が必須であることを実感できた時代でした。

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 製造技術の進化に伴い、金型の生産量も急激に増えていきましたが、この頃から現場を知る合田知仁は当時をこう思い出します。

 「インサート設計の自由度が広がったため、開発が依頼してくる形状に複雑なものが多くなりました。それらのアイデアをなるべくそのままに、プレス体として形にする金型をつくるのが私たちの役割です。CADでモデリングは自由にできますが、それを実際にプレス体にするのは容易ではありません。しかし、開発が考え出した形状を何としてでも実現させる工法を生み出していくことこそが私たちの使命だと思っています」。


Part 4 : 2010~

新たな加工技術と斬新な発想でさらなる高みへ

 2010年以降から、さらに複雑な形状を持つインサートが次々とリリースされ始めました。代表的なものが、縦刃で横穴を有したVFXインサート、多コーナーの縦刃でモールデッドブレーカを有したVOXインサートなどの製品です。この時期より通常のプレス方法では、プレス後に金型の雌型からプレス体が抜けないような形状を持つインサートも出始めたため、雌型が分割できる特殊な金型が登場しました。

 インサートが高性能になればなるほど、その形状はより複雑化していく傾向にあります。つまり、金型の製造も同じように難しくなっていきます。例えば、分割金型では部品点数が増えるので、一つひとつの部品をより高精度につくらないと、金型をうまく組み合わせられません。また、プレス加工機に金型をセットするときの手順もより複雑になります。

 モールドグループでは、新たな形状のインサートが登場する度に、金型の部品形状や加工順序、段取り方法を工夫し、長い歴史の中でさまざまなインサートの商品化に貢献してきました。困難を一つずつ乗り越え、さまざまな金型を生み出してきた合田は言います。

 「新製品開発のメンバーには、コンセプト立案時にもっと”わがまま”を言ってほしいですね。そのまま実現できるかどうかは分からない。ときには妥協してもらうこともあるかもしれない。でも、やってみなければ分からないこともある。一緒に新しいものをつくることにチャレンジしたい。そこに金型づくりの醍醐味があるからです」。

 現在、同じ生産技術部でプレスを行う立場にある大野健太郎は、かつて10年間モールドグループで金型づくりに携わっていましたが、お客様には「もっとインサートをじっくり眺めていただきたい」という想いがあると言います。一つのインサートには、多くの職人たちの熱い想いと技術がこもっているからです。そして、最後に今後の抱負を次のように語ってくれました。「お客様はもちろんのこと、この業界に携わる多くの方が、私たちのインサートを見たとき、この形状はいったいどうやってつくったのかと不思議に思う。そんな新しいものを、これからも世に送り出していきたいですね」。

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インサート生産用の金型開発の歴史を振り返って

 日々金型に向き合う私たちは、普段からモノを見るとき、それを生み出した金型を何となく想像してしまいます(笑)。金型は、光の当たるモノに必ず伴う“影”のような存在と言えるかもしれません。

 私たちがつくる金型が直接表舞台に出ることはありません。しかし金型なしではインサートをつくることはできません。一人ひとりが、ものづくりを裏方で支えているという責任感と喜びを持っています。

 そんな裏方の仕事ではありますが、グループのメンバーはそれぞれにプロ意識が高く、入社数年の若い社員からも、新しい加工方法の提案や問題点の指摘が積極的にあがってきます。これからも、世代を超えて連携し、新たな金型づくりに挑戦していきます。

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(左から)生産技術部
生産技術グループ(取材当時)大野 健太郎
生産技術部 モールドグループ 滝本 洋司
生産技術部 モールドグループ 合田 知仁
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