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素材を通じて世の中を変える、CFRP半世紀の歴史

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素材を通じて 世の中を変える、CFRP半世紀の歴史

黒い飛行機が、空飛ぶ日を夢見て

アルミより軽く、鉄よりも強い。次世代のものづくりを支える新素材CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics:炭素繊維強化プラスチック)は、民間用中型ジェット旅客機を中心に、主要構造部材として多く採用されている。CFRPのもととなる炭素繊維の研究が日本でスタートしたのは、1960年代初期のこと。半世紀に及ぶ炭素繊維およびCFRPの開発の歴史について、東レ株式会社ACM技術部 航空・宇宙技術室の野田俊作室長と大皷寛主席部員のお二人からお話を伺いました。


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CFRPとは

 炭素繊維と樹脂を組み合わせてつくられる複合材料です。このように、複数の材料を用いることで、単体では得られない特性を実現したものを「複合材料」と呼びます。航空機用部材として使われるトレカⓇプリプレグは、太さ約5μmの炭素繊維単糸を24,000本組み合わせた糸束を、シート状に揃えてエポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂を含浸させたものです。このシートを積層して硬化させることで、炭素繊維が持つ高い強度と弾性率を引き出すことができます。

 CFRPには炭素繊維の量、配置(糸の方向・プリプレグの積層構成)などにより性能が大きく変わるという特徴があるため、用途に合わせて適切に設計することでさまざまな特性を発揮させることができます。

〈 CFRPの特長 〉
◯比重が1.7程度で、鉄の約4分の1と軽量である。
◯引張強度は、高強度糸で最大約7Gpa。
◯引張弾性率は、高弾性率糸で最大約630Gpa。
◯他にも優れた寸法安定性、振動減衰性、高熱伝導率、非磁性、耐蝕性、高疲労強度などの特長を備えています。

〈 炭素繊維の製造プロセス 〉
PAN系炭素繊維の製造プロセスは、次の4つの工程で構成されます。
1)PANを重合し、製糸機械から押し出して糸をつくる。
2)できた糸に熱処理を加えて耐炎化(酸化)する。
3)さらに熱処理を加えて炭化する。
4)最終的に表面処理を施すことで、炭素繊維が完成する。

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Part 1 1950~

炭素繊維の誕生と研究開発のはじまり

 炭素繊維誕生のルーツをさかのぼると、19世紀末にトーマス・エジソンとジョセフ・スワンが発明した電球に至ります。この電球で使われたのが竹を焼いてつくられたフィラメントであり、これこそが世界初の炭素繊維と呼べるものでした。その後、電球のフィラメントにはタングステンが使われるようになったことで、炭素繊維は世の中から徐々に忘れられていきます。その存在が再び注目されるようになったのは、半世紀後の1950年代。高い耐熱性が要求されるロケットの噴射口に最適な材料として、アメリカで炭素繊維の研究開発が急速に進められたのです。

 一方、日本では1959年に大阪工業技術試験所の進藤昭男博士が、PAN(ポリアクリロニトリル)繊維の炭化による炭素繊維製造法を発明します。これを機に、日本国内でも炭素繊維の研究開発と製品化が進んでいきます。炭素繊維は優れた強度特性を持っていたため、複合材料の高機能素材として最適でした。1967年には、世界的に有名な航空機用エンジンメーカーのロールス・ロイス社がCFRPをジェットエンジンへ採用すると発表。ほぼ同じ頃に、東レでもアクリル繊維「トレロン」を使った炭素繊維の開発が本格的にスタートし、1970年には、進藤博士が持つ特許の実施許諾を東レが取得します。一般的に、企業は自社製品の今後の市場性や売り上げ予測などに基づいた経営を行うのが基本ですが、当時の東レは、炭素繊維を用いたCFRPという新素材の将来性を信じ、まずは生産体制をしっかり整えることが重要であると判断し、今の時代ではなかなか考えられないような、かなり大胆な投資に踏み切りました。


Part 2 1971~

用途がはっきり見えぬままの生産開始

 翌1971年、東レはPAN系高強度炭素繊維「トレカ®T300」の製造・販売を開始します。炭素繊維は、次世代の新素材として注目され始めてはいたものの、その明確な使用用途は決して明らかになっていませんでした。その上で、当時としては世界最大の年間12トンもの製造能力を持つ新工場の建設を決定。この経営陣による大英断の背景には「本質的に強いものは、必ずいつか認められる」という確固たる信念がありました。さらに「(黒い炭素繊維を用いたCFRPでつくられた)黒い飛行機をいつか飛ばしたい」という経営陣の夢もありました。ちょうどその頃は、CFRPを使ったロールス・ロイス社の航空機用ジェットエンジンの製造がうまくいかず、その取り組みが失敗に終わった時期でした。

 一方、東レの炭素繊維が使われた市販製品として最初に販売されたのは、1972年の鮎釣り用の釣り竿でした。従来品と比べて2分の1まで軽くなったことによる高い操作性が評価され、高価格ながらも市場に受け入れられました。さらに同年、プロゴルファーのゲイ・ブリューワー氏が、CFRP製のブラックシャフトのゴルフクラブを使って太平洋マスターズ大会で優勝。一気に認知度が高まり、多くのゴルファーがこぞって買い求めるようになります。その後、テニスラケットにもCFRPが採用されるなど、徐々に世の中に浸透していきました。しかし、娯楽・スポーツ用途が中心であったため、一般的な工業製品向けの素材であることを考えると、その流通量はごくわずかに過ぎませんでした。

 そのような中、1975年に転機が訪れます。1973年のオイルショックにより、航空機メーカー各社では低燃費実現のための機体軽量化が最重要課題となり、運航の安全性に直接影響を与えるリスクの少ない二次構造部材にCFRPが採用されることになりました。東レとしては念願であった「航空機用部材へのCFRPの適用」という夢がようやく叶った瞬間でした。その後、ボーイング社に加えてエアバス社でも航空機用部材としてのCFRPの採用が進んだことで、1988年までには、トレカ®の炭素繊維の累積生産量は10,000トンを超えるに至ります。当時は、イギリス・アメリカなどの海外素材メーカーの多くが、CFRPの事業は採算が合わないと判断して、次々と撤退していった時代です。しかし、東レをはじめとした長期的な視点で技術を伝承していく日本企業は、引き続き高性能炭素繊維を用いたCFRPの開発および製造に取り組み、とうとう2010年度には、日本の炭素繊維メーカーが世界シェアの約7割を占めるに至ります。


Part 3 1990~

航空機用構造材としての採用が広がる

 1990年、炭素繊維にエポキシ樹脂を組み合わせたトレカ®プリプレグ(シート状CFRP)がボーイング社の航空機本体の一次構造材(運航の安全性に直接影響する重要部材)に採用されたことで、CFRPが高い信頼性を持つ高機能材料であるというお墨付きを得ます。炭素繊維と樹脂の複合材料であるCFRPの特長は、鉄と比較して約4分の1の軽さでありながら、鉄の10倍以上の引張強度と優れた疲労強度を持ち、さらにいろいろな形に成形できるという大きなメリットがあります。

 2003年に開始されたボーイング787プロジェクトでは、航空機の一次構造材として胴体や主翼など機体重量の約50%にCFRPが採用され、その存在感は揺るぎないものとなりました。2006年には東レとボーイング社の間でCFRP供給に関する長期包括契約が締結され、2021年まで一次構造部材を提供することが決定されています。

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Part 4 2010~

産業用途が広がり、急成長へ

 2010年代に入ると、世界的にCFRPに対する需要が一気に拡大します。風力発電機のブレード、ルーフやフード、ドライブシャフトなどの自動車部品、天然ガス自動車や燃料電池自動車のタンク、液晶基板搬送用のロボットフォーク、高速列車の車体、パソコンの筐体など、従来のスポーツ用途、航空機用途に加えて、実に多種多様な産業に使用され始めます。

 炭素繊維複合事業は、東レの事業区分別基本戦略において、戦略的拡大事業に位置づけられています。自動車、航空機、新エネルギー産業などの成長産業における需要拡大を狙い、経営資源を重点的に投入しています。2020年には北米でさらなる追加投資を行い、同地でのビジネスを拡大する予定です。

 炭素繊維の強度は、技術的には現時点においても理論値の10分の1程度であるため、さらなる高強度化の余地が十分に残されています。また、現在は高価な素材であるが故に、なかなか市場に浸透しないという事実があります。しかし、今後自動車パーツとしての採用が増えていくことが期待されており、そうなれば量産化効果による大幅なコストダウンが見込めることから、近い将来一気に需要が拡大する可能性を秘めています。

 東レが世界で初めて炭素繊維の商業生産を開始してから、今年で46年が経ちました。確固たる市場を獲得するまでに長い年月がかかりながらも、粘り強く取り組みを続けてきた背景にあったものは何だったのでしょうか。それは、まぎれもなく「CFRPでつくられた黒い飛行機を飛ばしたい」という経営陣の強い信念がつくりあげた、東レの社風ともいうべき「超継続」という企業ポリシーであったといえます。こうした数々の苦労の歴史の上で生み出されたCFRPは、世界の産業を支える最先端の高機能材料として、これからも進化を続けていくことでしょう。

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CFRPの歴史を振り返って

東レ株式会社 ACM技術部 航空・宇宙技術室 (左)室長 野田俊作氏  (右)主席部員 大皷寛氏

野田氏  素材に関わる仕事のやりがいは、例えば航空機に使われて低燃費化に貢献するなど、自分たちが開発した製品が世の中を良い方向に変えられることにあります。当社の先輩たちが長い年月をかけて諦めずに育ててきたCFRPは、今や東レでも戦略的拡大事業となりました。この事業をさらに大きく飛躍させ、今後の基幹事業にしていくのが私たちの役割だと考えています。金属材料の成熟性と比べれば、炭素繊維をベースにした複合材料は、その種類も、量も、応用分野もまだまだ未知な部分が多いといえます。その無限の可能性を信じて、世の中をさらに良い方向に変えていくきっかけをつくっていきたいと思います。

大皷氏  子どもの頃から航空機が大好きだったからでしょうか、いつの間にか航空機やロケットに関連する仕事に就いていました。研究開発に携わる人間としての最大の夢は、自分が設計した素材によってつくられた航空機に自分で乗ること。ボーイング787に使用された当時のCFRPは、あくまでも先輩たちが主役として手がけた仕事であり、自分は間接的にしか関わっていませんでした。今から10年後ぐらいには、自分が発明した素材でつくられた航空機に乗る。そんな夢を実現できるよう、日々の仕事に取り組んでいます。

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