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熱い想いと歩んだ溝入れ工具進化の軌跡。

熱い想いと歩んだ溝入れ工具進化の軌跡。

美しき機能美に隠された時代の先を読む挑戦の歴史

溝入れ工具の歴史は古く、1898年のハイス工具の誕生時にはすでに存在していたという説もある。三菱マテリアルで溝入れ工具をラインナップしたのは1956年発売のろう付けバイトから。その後、1980年代にDGバイトでインサート化(刃先交換式)を果たし、2008年に発売したGYシリーズは従来品と大きく異なるクランプ機構を採用し、瞬く間に市場を席捲。今回は、三菱マテリアルにとって挑戦の連続であった溝入れ工具の歴史を追った。


Part 1 1956~

多くの職人が腕を競った、ろう付けバイト

 ろう付けバイトとは、鋼製シャンクの先端に超硬合金でできた切れ刃を銀ろうで接合したものを言います。三菱マテリアルが溝入れ用ろう付けバイトを発売したのは、今から約60年も前の1956年でした。ろう付けバイトは寸法がJIS規格(JIS B4105)で厳格に定められており、工具メーカー間での形状的な差異はなく、主に切れ刃としてろう付けされている超硬合金材料の良し悪しでその性能が決まります。当時は超硬合金を国内で製造できる工具メーカーはまだ少なく、その中でも三菱マテリアルの超硬合金は耐摩耗性、耐欠損性に優れていたため高い切削性能を誇り、戦後復興期の製造業を支えることとなりました。

 当時の加工現場の職人たちは、被削材の種類や加工形態に合わせて、寸法精度や仕上げ面精度、工具寿命等を向上させるため、ろう付けバイトの切れ刃の形状やすくい角、ホーニングなどを、グラインダーと呼ばれる研削加工機を用い、自分が最適と思う形状に調整してから使うのが一般的でした。いかに高性能なバイトを自らの手でつくり出せるか、それが職人たちの腕の見せ所でもあったのです。

 また、ろう付けバイトは適応できる被削材別に超硬合金が使い分けられており、その種類をひと目で判断できるよう、シャンクの後端部が、鋼用は青色、ステンレス用は黄色、鋳鉄用は赤色に着色されていました。今でも、そのカラフルなバイトが現場の棚などに置かれていたのを覚えていらっしゃる方も多いのではないでしょうか。現在では、ろう付けバイトの使用頻度はとても少なくなってきていますが、今でも若手技術者の育成用として、多くの教育機関等で使われています。


Part 2 1985~

インサート式に進化した「DGバイト」

 ろう付けバイトは、切れ刃が一定量以上摩耗、もしくは一部が破損するなどした場合、シャンク部分を含めたバイト全体を廃棄しなければならず、経済的とは言えません。また、ある程度の摩耗量までであれば再研削により再使用できるものの、再研削自体にも高度な技術が必要であり、度重なる再研削毎に切れ刃の品質(状態)を一定に保つことは困難でした。そのため、経済性と品質を両立したいという要望が徐々に高まり、超硬合金の切れ刃部分(インサート)だけを交換できる、インサート式と呼ばれる工具が登場しました。三菱マテリアルでは1960年に外径加工用のカムロック式バイトを皮切りにインサート式工具の発売を開始。溝入れ用のインサート式工具としては、それからやや遅れた1985年に「DGバイト」が発売されました。

 インサート式工具である「DGバイト」のメリットは単純な経済性や品質だけではなく、その性能にもありました。インサートを単体で製造できるため、超硬合金の素材やコーティングの自由度が高く、高性能なインサート材種を開発し採用することができたのです。この結果、ろう付けバイト時代では考えられないような高速での切削加工を実現し、市場を驚かせました。またインサート製造時にはプレス焼結技術を用いますが、その際にインサートのすくい面に切りくず処理のための「チップブレーカ」が付与されました。この「チップブレーカ」の効果により、従来のろう付けバイトでは不可能であった横方向への加工にも対応できるようになり、溝入れ工具は単なる溝入れ専用工具から、多機能工具へと進化していくのです。


HISTORY

溝入れ工具の歴史

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Part3 2008~

オートバイのディスクブレーキキャリパーから発想を得た「GYシリーズ」

 三菱マテリアルが1985年にDGバイトで開拓した多機能溝入れ工具という分野に関し、他の超硬工具メーカーも次々と新製品を投入してきました。その結果、先駆者であったDGバイトは市場での競争力を徐々に失うこととなり、三菱マテリアルとしても新製品の開発が急務となりました。このプロジェクトのリーダーに抜擢されたのが、当時の開発部で主にミーリング工具を担当していた長屋秀彦でした。
 「私は当時まだ若手で、分野が違う工具群をメインで開発していました。そんな中、大きなプロジェクトの社命を受けたときは本当にビックリしましたし不安でした。ただ、経験や予備知識がない分、先入観も持たずに自由に取り組もうと考え方を変えてみました」と長屋は当時を振り返ります。

 長屋の下でスタートを切ったこのプロジェクトでは、メンバー総出で徹底的に世界中のお客様の声に耳を傾けました。その結果、他の超硬工具メーカーからも多く発売され、剛性が優れるため当時の主流となっていた「本体一体型」に不満を持つお客様が多いことが分かりました。その理由はインサートが欠損すると、本体まで破損してしまい、総取り替えとなるために経済的ではないからでした。一方、DGバイトのようにインサート取り付け部が交換式となっているモジュラー型は、破損時に先端だけ交換できるため経済的ではあるが、どうしても剛性が劣ってしまう。そこで我々は「モジュラー型ながら、本体一体型に匹敵する剛性を有する新溝入れ工具」を開発コンセプトとすることにしました。

 長屋は、大学時代は自動車部に籍を置き、三菱マテリアルに入社後も自動車競技の一種であるJAFジムカーナ選手権に参戦を続けるほどの無類の自動車、オートバイ好きの男でした。「プロジェクトがスタートしてからは、寝ても覚めても新しいアイデアを考案するのに必死でした。そんなある日、息抜きのためバイク雑誌を読んでいると、ディスクブレーキキャリパーを通常の横方向からではなく、縦方向から固定することで取り付け、剛性を飛躍的に上げられるというラジアルマウント式キャリパーの記事を目にしました」。

 「これだ!」と閃いた長屋は、このラジアルマウント式キャリパーのように従来の常識とは異なる方向からの固定に着目、モジュラー型の主流であった横方向からの固定だけではなく、前と斜め上からを加えた合計3方向から固定することで、どの方向からの切削抵抗にも強固に耐えうる「トライロック方式」を考案したのです。「形を見ればナルホドと思う単純な発想ですが、前方向から固定するという溝入れ工具はそれまでには存在しませんでした。誰か他の人が発表してしまう前に我々が具現化したいと必死でした」。こうして生まれたトライロック方式の設計はスムーズに進み、試作品でその性能の高さが実証されたものの、複雑な形状を持つモジュラーブレードの製造コストが大きな壁として立ちはだかったのです。「試作時は総削り出しでつくりましたが、これをそのまま製品化するには、製造する時間もコストも全く採算が合うものではありませんでした。そこで、今だから話せますが、長年培ってきた当社のインサート製造ノウハウの一つである独自のプレス焼結技術を駆使してつくることにしました。インサートを取り付けるための工具本体部分全体をこの技術でつくったのは我々が初めてだったのではないでしょうか。また、常に細かい部分を見ないと違いが分からないものではなく、ひと目見て他との違いが分かる製品をつくろう、とにかくカッコイイものをつくろうと思っていました。モジュラーブレードの側面形状も、レーシングカー部品によくある強度と軽量化を両立した肉抜きからヒントを得ているんですよ」と開発秘話を語ってくれました。

 最終的に、GYシリーズはモジュラー型でありながら本体一体型と同等の高い工具剛性を実現し、幅広い切削条件においてビビリ振動を抑制し、高品位な仕上げ面と長寿命を実現することに成功しました。2008年に発売以来、市場からの反響は大きく、後発ながら瞬く間に他社製品を追い抜く勢いで市場に浸透。業界への技術的な貢献度も大きく評価され、2009年には、超硬工具協会(現 日本機械工具工業会)技術功績賞を受けました。三菱マテリアルの20年ぶりの溝入れ工具新製品として、GYシリーズはその使命を果たしたのです。現在は、2017年春に発売が予定されているGY新アイテムの開発が進んでいます。


CLOSE UP

GYシリーズの開発を陰で支えた知財担当

 三菱マテリアルが保有する切削工具特許は国内工具メーカーの中でNo.1を誇り、世界の工具メーカーの中でもトップクラスとなっています。切削工具の特許登録件数は、通常1つの新製品に対して1 ~ 2件 程度ですが、GYシリーズは全部で19件と、特許登録件数の多さで群を抜いています。GYシリーズの特許取得にまつわるストーリーを知財担当の小山技術主幹と桧山技術主幹に伺いました。


 2004年のGYシリーズ開発プロジェクトのスタートにあたり、開発本部の小山が調査した他社特許の数は実に約500件。その調査と並行するように、長屋たちが作成した新製品の設計図をチェックする作業も進めました。「設計図を見て、他社の特許に抵触するからとNGを出したことも何度かありますが、彼らは諦めることなく、すぐに改良した図面を持ってきました。その情熱には頭が下がりましたね」と小山は話します。

 一方、弁理士資格を持つ知的財産室の桧山は、GYシリーズの開発途中の2006年に切削工具事業部門の担当に抜擢されます。「この部門は他社との特許 係争が多く、当初は不安でした。この不安を喜びに変えてくれたのが、切削工具の特許に精通し開発者から絶大な信頼を寄せられている小山、自らの発明を熱く語る長屋たちです。彼らの情熱にどんどん巻き込まれ、あるとき気が付く安全靴を履いて切削試験に立ち会っていました(笑)」。

 GYシリーズの発明は①モジュラーブレードの形状、②インサートのクランプ機構、③インサートのブレーカ形状、④内径・端面用と多岐にわたります。そんなある日、海外競合メーカーから突然欧州特許に対する異議申立書が舞い込んだのです。「異議申立には驚きましたが、これもGYシリーズが注目されている証拠。相手方が示してきた先行文献を綿密に検討し、相手方と議論を戦わせ、最後はGYシリーズは斬新な形状によりこれまでにない性能を発揮するとの我々の主張が認められました」と当時を振り返る小山。

 「数多くの他社の特許が混沌としていた暗闇で道に迷っている我々に、あかりを灯し、進むべき道を指し示してくれたのが、この二人です。本当に感謝しています」と話す長屋。普段から開発メンバーと知財担当は常に連携し、情報を共有しながら開発を進めているとのこと。これが三菱マテリアルの大きな強みにもなっており、これからも連携して、斬新な製品を世に送り出していくことでしょう。


溝入れ工具の歴史を振り返って

 ろう付けバイト時代の溝入れ工具は、JISで工具形状や寸法が決められており、超硬合金の材料自体の差はあったものの、各社ほぼ同じような性能でした。それがインサート式になったDGバイトからは、形状の制約がなくなったわけです。DGバイトの開発部隊の諸先輩方は他社との差別化を図る醍醐味を感じていたのではないかと思います。我々が担当したGYシリーズは、溝入れ工具としては、当社が手がける20年ぶりの新製品でしたので、大変なプレッシャーがありましたが、本当に自由に開発させてもらいました。開発途中では困難なこともありましたが、開発メンバーや知財担当の皆さんをはじめ、製造や営業の方々の協力のおかげで製品化に漕ぎつけることができました。GYシリーズは三菱マテリアルが一丸となって開発した製品であると言い切れます。またその開発を通して、携わった全員が成長できたと思います。

 現在、私はリーダーとして工具グループを管理運営する立場となり、私自身が直接開発する機会はほとんどなくなりましたが、若手メンバーとの技術ディスカッションでは容赦なく議論を戦わせています。上司も部下も関係ありません。そんな中から新しいアイデアを考案し、苦労して開発を進め商品化につなげていく過程を見ていますが、成功体験を得ることで開発者は見違えるほど成長していきます。今後も貪欲に「カッコイイ」切削工具を追い求めていってほしいですね。

開発本部 インサート工具開発センター
工具グループ 長屋秀彦
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