FOCUS on PERFORMANCE

アイシン・エィ・ダブリュ 技術センター

「革新ヘリカルブローチ」の共同開発

オートマチックトランスミッション(以下AT)の市場で世界トップシェアを誇るアイシン・エィ・ダブリュ株式会社。同社ではATの劇的な生産効率の向上を目的に、大径ヘリカルブローチを用いた加工技術の改善に取り組んできた。同社と当社による新たな挑戦の軌跡を追った。

世界No.1のAT専門メーカーとして未来のクルマ社会の創造に挑戦

次世代技術の開発のために 2011年に竣工した、技術センター

 アイシン・エィ・ダブリュ株式会社は、アイシン精機株式会社の子会社であり、アイシングループ主要6社のうちの1社です。1969年にATの専門メーカーとして設立され、1972年にフロントエンジン・リアドライブ(FR)方式の3速ATを開発して以来、各時代のニーズにマッチした製品を次々と送り出してきました。2006年には世界初のFRの8速AT、2012年にも同じく世界初となるフロントエンジン・フロントドライブ(FF)方式の8速ATを商品化するなど、常に業界をリードしてきた世界一のATメーカーです。

 2016年度の売上高は約1兆2000億円に達し、その90%以上をATが占めています。同社のATは約38%がトヨタグループに提供され、その他は世界15カ国で計50社を超える自動車メーカーにも提供されており、2012年にはATの生産累計台数が1億台を突破しました。

 常に次世代のモビリティを見据える同社は、2004年にハイブリッドシステムの量産化をいち早く実現するなど電子領域の開発も推進しており、ATのグローバルサプライヤーとして時代に先駆けた製品をスピーディーに提供しています。「意のままに駆れる馬のようなクルマを創りたい」「ドライバーの心を揺さぶるクルマを創りたい」。そんなドライバーの想いを実現するATを提供するため、日々新たな挑戦を続けています。

絶え間なく次世代技術を創出する同社の技術センター

 技術センターには、技術本部、生産技術本部が存在し、部署間の円滑な情報共有と協業を可能とする「革新的ものづくり」体制を構築しています。2011年にAT、無段変速機(CVT)、ハイブリッドトランスミッションなど、製品ごとに分散していた技術開発に関連する部門を一カ所に集めた技術センターが完成しました。そこでは約3,000名の従業員が技術開発力をより一層高めるべく、お互いに積極的なコミュニケーションを図り、新製品の企画から生産までを一貫してフォローできるシステムが整えられています。絶え間なく続く新製品開発とともに、活性化した職場での人づくりが目的となっているこの施設は、アイシン・エィ・ダブリュのDNAを自然体で伝承する場となっています。

 次世代自動車として、世界的に高い関心を集めている電気自動車(以下EV)についての目配りも万全です。近未来の予測について、生産技術本部工具生技部長の杉浦慎哉氏は「EVは2020年前後から規制と共に積極的な導入を図る国や地域から普及していくと考えられますので、我々も自動車部品メーカーとしてその動きに備えているところです」と、同社ではEV時代に備えた新たな体制の構築に取り組み始めています。

部品メーカーの現場には、部品の数だけドラマがある

 同社の最大顧客はトヨタグループです。ただし、トヨタグループとの取り引きは、AT関連では全体の4割弱であり、トヨタグループ以外の自動車メーカーにも数多くの製品を提供しています。社名のアイシン・エィ・ダブリュのダブリュが意味するのは、アメリカの自動車部品メーカーであるボーグ・ワーナー社です。同社の成り立ちを辿れば、もとはアイシン精機と、アメリカのボーグ・ワーナー社の合弁会社であり、今でも海外の文化が社内に残っています。「古い図面を見ると、図面の寸法表記がミリ表記ではなくインチ表記であることがしばしばあります」と、工具生技部の第1工具技術グループマネージャーの中川陽道氏は語ります。

 ATは、基本的にドライバーの目に触れるパーツではなく、具体的にどのようなものかを一般の人が知ることはありません。ただし、エンジンと並んで、自動車の要の部品であることは間違いなく、プラネタリギヤをはじめとする数多くの歯車や部品を精密に組み合わせてつくられています。

 トランスミッションに使用される材料は主に3種類で、ケーシングに使われるアルミニウム、ギヤやシャフトなどに使われる鋼、そしてオイルポンプやディファレンシャルケースに使われる鋳鉄です。それぞれに特徴があり、製造上の課題も異なります。一つのATに組み込まれる部品総数は数千点にも上り、それらが緻密にかみ合うからこそ、クルマはスムーズに、かつ静かに走ることができるのです。

 数多くのパーツにより構成されるATの製造プロセスでは、各部品を開発、設計する技術者がお互いに高いプロ意識を持ち、ときには激しく議論しながらものづくりが進められていきます。多岐にわたる製造工程を経て、順番に組み上げられていくATのものづくりの現場では、まさに部品の数だけドラマがあるのです。

 「クルマの構成要素の中では、エンジンの次に高価なものがトランスミッションであり、その役割はエンジンとドライバーをつなぐことです。高級車になればなるほど、静粛性が求められますが、20年前には3速だったATが、今では8速から最高で10速のものまであります。限られたスペースの中にできるだけ多くのギヤを詰め込むために、一つひとつの部品に求められる加工精度は、以前よりはるかに高いレベルとなっています。このような現状において、調達に携わる立場としては、ATの製造に使用する切削工具の性能、品質について、少しでも高いものを探し出すことが重要です」と、調達本部資材調達部副資材グループのチームリーダー伊藤奨悟氏は現状の課題を語ります。

 ATの製造において最も難しいことは、歯数の多いギヤをつくる際に、厳しい公差でおさえられている全ての寸法をまもることです。そのため、ATメーカーと当社をはじめとする工具メーカーが一緒になり、新たな切削加工方法の考案や、それに使用する新たな切削工具の開発に積極的に取り組み始めています。

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(左から)アイシン・エィ・ダブリュ㈱ 生産技術本部 工具生技部 部長 杉浦 慎哉氏、生産技術本部 工具生技部第1工具技術グループ グループマネージャー 中川 陽道氏、生産技術本部 工具生技部第1工具技術グループ チームリーダー 服部 直人氏、調達本部 資材調達部副資材グループ副資材チーム チームリーダー 伊藤 奨悟氏

切削加工は、燃費や静粛性を左右する最後の砦

 ATの製造にはさまざまな工程がありますが、杉浦氏は「切削加工は最後の砦」と表現します。この言葉はATの主要部品であるギヤの精度が、切削加工によってほぼ決まることを意味しています。精度の高い切削加工ができなければ、ATはつくれないのです。視点を変えれば、切削加工技術の発展次第で、新たな付加価値を持ったATをつくることができるのです。

 「切削次第で部品の精度が決まり、最終的にはATの性能が決まります。切削が燃費や静粛性を大きく左右するともいえます」と、第1工具技術グループの服部直人チームリーダーは説明します。

 被削材の材質、削り出す形状により、工具の材種と刃先形状、熱処理の方法、さらにはコーティングの種類も変わってきます。その組み合わせは、ほぼ無限であり「ときには切削油も含めて最適な組み合わせを見つけられたときには、大きな喜びを感じます。切削のボトルネック工程を一つ解消すると、一気に全体の生産効率の高まるケースが多いのです。高い切削加工技術により当社の技術力が支えられていることは間違いなく、当社の製品が高品質を維持できているのもそのおかげです。決して目立たないですが、切削技術が当社の根幹技術の一つであることは間違いありません」と伊藤氏はその重要性を強調します。

 切削工具の一つである大径ヘリカルブローチは、ATのギヤ加工で多く使用されますが、一つの工具で加工する歯車の歯数は何千にもなります。そのうちのわずか一つの歯に不具合が生じると、製品としては欠陥品となってしまいます。何か問題が起こったときには「その不具合の発生箇所と原因を何としてでも特定しなければなりません」と服部氏は語ります。

 ごくわずかな部分まで一切の妥協が許されない歯車の切削加工に関わるようになり、ものごとの捉え方が変わった、と語るのは中川氏です。「仕事中の“起きている現象の理由をメカニズムで考える”ということがだんだんと日常生活の中にも表れるようになりました。かつて、ミニカーの収集を趣味にされていた先輩がいらっしゃったのですが、その方はミニカーのエンジンやミッションの大きさや位置をじっくりと見ることで、クルマの技術の進歩や、重量バランス、旋回性能などまで考えていると仰っていました。おもちゃでそこまで考えるのかと正直驚きましたね。どんな小さなことでも“なぜこうなっているのか?”ということを常に考える姿勢が大切なんだと、改めて学びました」。

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(左)三菱マテリアル 明石製作所 精密工具製造部 開発設計グループ 長岡 達也
(右)アイシン・エィ・ダブリュ㈱ 工具生技部 第1工具技術グループ 木村 学氏

戦友として共に挑んだ、新たな大径ヘリカルブローチの開発

 近年、この業界では、プラネタリリングの加工が従来のヘリカルブローチ加工からスカイビング加工に置き換えられるようになってきています。このまま指を咥えて見ていては近い将来ヘリカルブローチ加工は全てスカイビング加工に置き換わってしまい、アイシン・エィ・ダブリュは、同社が今まで築いてきた、競合他社に対するプラネタリリングの加工技術の優位性はなくなってしまうだろうと考えました。そこで、スカイビング加工では達成できない圧倒的な生産性の向上と加工コストの低減を目的に、新たなヘリカルブローチを開発しようというプロジェクトが立ち上がり、三菱マテリアルとの挑戦が始まったのです。

 杉浦氏は、当社をパートナーに選んだ理由を「チャレンジングな姿勢に魅力を感じました。何とか新しい工具を共同開発し、製作しようとする意気込みが良かったです。そもそも当社は、アメリカで使われていたブローチを日本に最初に導入したパイオニアとしての自負もあります。ブローチの新たな歴史をつくるのは当社の役割であり、そのパートナーとして、前向きな姿勢とスピード感を持つ三菱マテリアルさんがふさわしいと感じました」と明かしてくれました。

 『革新ヘリカルブローチ』と名付けられた新たな大径ヘリカルブローチ開発のプロジェクトは、2013年に始動します。「おそらくは通常なら外部の人間が入ることのできない、ブローチの生産工程のすみずみまで公開してもらい、ブローチの設計はもちろん、ものづくりの根幹にまで関わる多くの情報を共有しながら共同プロジェクトを進めてきました。ATの革新的な生産コストを達成するという共通の目標に向かって、我々も三菱マテリアルさんの明石製作所まで出向いて何日も泊まり込みながら、開発を進めたのです。その頃は、いつでも快く受け入れてもらったと感謝しています」と、中川氏は当時の状況を振り返ります。

 明石製作所の現場では、長さが2メートルにもなる原寸大の大きな設計図面を前にして双方の技術者が熱く、真剣に議論を交わす。同社より「なぜこんな簡単なことができないのか?」「こうやってつくればいいのではないか?」といった厳しい指摘を受けたことも何度かあった。実際に、プロジェクト開始直後は「このような開発の進め方は現実的ではない」との声が明石製作所内で上がったこともありました。

 「今回のプロジェクトでは、当社が社内で行っているサイマルテニアス・エンジニアリングを導入しました。これは、設計の後工程に関わるスタッフを可能な限り多く集めて、設計フェーズに参加させる開発手法ですが、社外のパートナーと進めるのは極めて異例です。三菱マテリアルさんには、まさに大きな戦いに共に挑む戦友のような感じで取り組んでもらえたと思っています」と杉浦氏は評価します。「高い精度を出すためのカギは測定技術の確立ですが、通常のメーカーなら諦めてやらない、もしくは理由があってやれないレベルにまで踏み込んで検証しました。精度とコストはトレード・オフの関係にありますので、非常に難しい課題でしたが双方が最後まで諦めずに果敢に挑戦し、最終的には高次元での両立を達成しました」。

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約5倍の性能にまで引き上げた「革新ヘリカルブローチ」の誕生

 新たなヘリカルブローチの開発において、「革新設計・革新研磨・革新技能」の3つの考え方が導入されました。「革新設計」により工具の長寿命化を図り、「革新研磨」により再研磨作業の安定化を図る。さらに「革新技能」により加工精度の安定化を実現するのです。これらの3つの成果が結集し、誕生した新たなヘリカルブローチは、まさに革新的なものとなりました。

 「従来なら1日に1回は必ず交換していたブローチが、今では5日間つけっぱなしで加工できるようになっています。ブローチの交換は大変手間のかかる作業で、以前は交換作業だけで生産ラインが毎日約1時間半も止まっていました。まず、この交換時間がなくなったことで生産性が大幅に向上しました。我々が革新ヘリカルブローチによる成果を出しすぎたせいで、スカイビング加工の技術開発が遅れているとの話も出ているほどです(笑)。ブローチ加工の限界が以前のレベルにとどまっていれば、新たなスカイビング加工の目標もそれほど高く設定する必要はありません。さらに新たなブローチ加工の生産性が異次元レベルにまで高まった結果、これが新たな基準値となったためにスカイビング加工も一から考え直す必要が出てきたのです。このような意味でもまさに革新的で、社内にも好影響を与えています。今回の革新ヘリカルブローチは、社内ではかなり名誉のある『ものづくり改善賞』を受賞し、高く評価されました」と杉浦氏。

左が加工前、右が加工後

 中川氏は今回の成果を振り返り、次のように話してくれました。「三菱マテリアルさんは、とてもレスポンスが早く、内部状況も包み隠さず見せてくれました。その存在はまさしく戦友と呼べるものでした。そのような感覚で一緒に取り組めたことが、今回の成功につながったのだと確信しています」。

 お互いが切磋琢磨しながら全てをゼロベースで見直し、ときには助け合い、ときには傷つき合いながらも、一歩一歩ハードルを乗り越え新たな高みに到達する。当社は、これからも自動車産業を牽引する同社のベストパートナーであり続け、世界のクルマ社会の未来へ貢献し続けます。

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