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日本からの挑戦状

​日本からの挑戦状

〜下町ボブスレーネットワークプロジェクト〜

最高速度は140kmにも達し、「氷上のF1」とも呼ばれるウインタースポーツ、ボブスレー。選手の操縦技術とともに、競技用ソリの性能も勝敗を大きく左右し、イタリアではフェラーリ社、ドイツではBMW社、イギリスではマクラーレン社と国の威信をかけてソリの開発が行われている。そんな世界最高峰の戦いの舞台に、従業員数名規模の町工場が互いの技術を結集し、戦いを挑む「下町ボブスレーネットワークプロジェクト」。その挑戦の歩みを辿り、日本のものづくりの本質に迫る。

取材協力:公益財団法人
大田区産業振興協会
奥田耕士氏
内田磨貴子氏

急速に消えゆく町工場

 「君たちのクラフトマンシップは最高だ!」。ジャマイカ ボブスレー連盟のクリス・ストークス会長は2016年1月16日、長野でテスト滑走を行い下町ボブスレーの採用を即決した。ソリの安定性に加え、部品の加工精度の高さと、選手の要望に合わせその場で改修する対応力が高く評価されたのだ。ジャマイカ ボブスレーチームは、雪の降らない南の島から1988年のカルガリー冬季五輪に初めて挑戦、映画『クール・ランニング』により世界的な人気チームとなった。ジャマイカの身体能力と日本のものづくり力を組み合わせ、2018年の韓国・ピョンチャン五輪に挑む新たな物語が始まった瞬間だった。しかし、ここに至るまでの道のりは平たんではなかった……。

「ものづくりのまち」として、機械・金属加工を中心とした町工場が集積する東京都大田区。その9割は従業員19人以下の中小企業だが、小惑星探査機「はやぶさ」の部品など最先端の加工を手掛ける町工場が存在する。しかし、1980年代以降に本格化した発注側大手企業の海外生産シフトや、高度経済成長期に創業した町工場の経営者の高齢化・引退により、1983年のピーク時に約9,000社あった町工場は、約3,500社まで減少していた。規模の小さな町工場が得意とするのは、大量生産による低コスト加工ではなく、小ロットの試作品など難易度が高く、短納期での製作だ。技術力には自信がある。課題は、どうやってそれをPRしていくかだった。のちに「下町ボブスレーネットワークプロジェクト」の鍵を握る、株式会社マテリアルの代表取締役である細貝淳一氏は、その回答のひとつとして五輪競技で使用する道具を提供し、大田区ものづくりの力を世界にアピールすることを考えていた。同じ頃、大田区産業振興協会の小杉聡史氏も偶然「大田区の町工場が力を合わせ、ボブスレーをつくりオリンピックを目指すのはどうだろう」と考えていた。調べてみると、日本のボブスレー界は資金不足に悩み、多くの選手が古い外国製のソリを使っているという。さらに、ボブスレーは五輪競技の道具としては部品点数が多く、そのほとんどが金属部品のため、まさに大田区の町工場が誇る技術が適していた。小杉氏のこのアイデアは区の職員提案制度で入賞するが、行政主導でできるプロジェクトではないと判断され、町工場の一つである細貝氏に相談を持ちかけることになった。技術のPRで同じ危機感を持っていた細貝氏は、「最悪、誰も協力してくれなければ、自社で全て負担しよう」とその場で腹を決める。2011年12月のこの日、大田区在住の元ボブスレー選手、レーシングマシンメーカー、大学教授など多くの仲間を巻き込んだ「下町ボブスレーネットワークプロジェクト」が動き始めたのだ。

「仲間まわし」という、ものづくりの絆

 かつての大田区の町工場には、「図面の紙飛行機」という言葉があった。さまざまな得意分野を持った町工場に、図面を紙飛行機にして投げ込めば、翌日には完成した製品になって出てくることを意味する言葉だ。これを実現させていたのが「仲間まわし」という文化である。多くの町工場が隣接する特長を活か、自社でできないことは周りの会社に自ら声をかけ、連携しながら、みんなで一つの最終製品を完成させるというものだ。細貝氏は、平成版「仲間まわし」ができれば、このプロジェクトは実現できると感じていた。そこで、まずは色々な仲間に「ボブスレー」という同じ夢を見ないかと語っていった。この夢に賛同する仲間は徐々に増え始め、たくさんの協力を得て、仙台大学からボブスレーを借りられることとなった。メンバーはこのとき初めてソリの構造を目にし、すぐにソリを分解、各部品を細かく測定。併せて国際ボブスレー連盟が定めるソリのレギュレーションを研究し、下町ボブスレー1号機を設計、ソリは瞬く間に総数150点ほどの部品の図面に変換された。さっそく、細貝氏は大田区の町工場に声をかけ、「1号機部品協力説明会」を開催する。集まったのは約30社。部品製作の依頼は極めてシンプルで、全ての図面を机の上に広げ、「できるものを持っていってほしい」と伝えるものだった。ただし、条件があった。「材料費・作業費は出ない。しかも、納期はたった12日」。会場がざわつく。しかし、細貝氏の心配をよそに一通りの説明を終えると、職人たちは「この穴はうちがやるよ」「このシャフトはうちがやろうか」とお互いに口にしながら、図面を手に取り始め、机の上にあった膨大な図面がなくなっていったのだ。驚きはさらに続き、翌日には納品の連絡が入り始める。最終的にはなんと実質10日で全ての部品が揃ったのだ。さらには、町工場同士が自主的に連携をとりあってくれたおかげで、全ての部品が最初の組み立てで寸分の狂いもなくピッタリとハマり、下町ボブスレー1号機はわずか1カ月半で完成してしまった。

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下町ボブスレー実戦へ

 1号機の初試走には、全日本選手権を2連覇しているコンビが協力してくれた。当初は実績のないソリに乗ることに対して大きな不安を感じていたそうだが、職人たちの本気の姿勢を見て、その期待に応えたいと思い搭乗してくれたのだ。初試走の結果、いきなり前年の優勝タイムを上回る好成績を叩き出す。「海外製と比べ物にならないほど操作しやすい」と選手から評価され、細貝氏は「10日後の全日本選手権でも使いたければ、突貫で改良するよ」と選手たちに声をかけた。返事は、「乗ってみたいです!」の即答だった。そして、大会に間に合わせるため大急ぎで改良を進める中、作業終盤になって新たな部品の必要性に気づく。製作の猶予はたった1日。そんな無理な注文にも、仲間たちは名乗りを上げてくれた。材料調達から溶接までを各町工場で分担し、夜12時に完成。新たな部品は翌朝の始発の新幹線で会場に運ばれ、下町ボブスレーはついに全日本選手権という公式レースでの滑走を実現させる。さらに、10日前の試走時から1秒以上短縮し、大会初参加にもかかわらず、見事優勝を飾る。下町ボブスレーはこの一件で、さらに注目を浴びることになった。

夢と挑戦のゆくえ

 その後、下町ボブスレーは5号機まで開発・改良を続けるが、日本ボブスレー連盟は「テスト時間が足らない」としてソチ五輪では不採用となり、続くピョンチャン五輪も外国人新監督がドイツ製ソリを選択することとなった。しかし、メンバーは諦めなかった。すぐに海外の3チームにソリ提供をオファー、最初に返信のあったジャマイカチームに急遽来日してもらい、テストを実施した。結果は即決で採用。それを受け、ジャマイカ向け新型機の開発へすぐに移り、一体削り出し部品の活用でフレームの精度を高め、ボディも歴代で最も空気抵抗の小さいソリを2016年10月に完成させたのだ。夢物語と思われたこのプロジェクト。しかし、大田区の町工場全体が一つの夢を追うことで、新たな絆が生まれ、その職人魂と技術力は今、世界へ届き始めている。フェラーリ、BMWなどの名だたるメーカーと、従業員数名規模の小さな町工場の集まりが同じ土俵で勝負する。そんな「下町ボブスレー」の終わりなき挑戦は、まだまだ続いてゆく。

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プロジェクトメンバーに聞く!
下町ボブスレーと町工場の未来

グローバル時代を生き抜く、「ニュータイプの職人」を育んでいく

株式会社マテリアル 代表取締役 細貝淳一氏
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素材から加工後の部品販売までの全てを手掛ける株式会社マテリアル。下町ボブスレーネットワークプロジェクトにおいて、推進役として類い稀なリーダーシップを発揮する細貝淳一社長に、同プロジェクトと日本のものづくりについて伺った。


―会社設立の背景について教えてください。

細貝  会社設立以前は小さな材料販売メーカーに入社し、町工場のお客様向けに素材を販売していました。機械加工の現場を伺ったとき、ふと「100円で売れた材料が加工後はいくらで売れるのかな?」と疑問に思いまして。その場で聞いてみたらなんと10万円で売れると言うのです。素材を販売する自分たちは100円で8円を必死に稼いでいるのに、加工の技術次第では、100円の素材に10万円という付加価値を付けられるのか、と衝撃を受けました。さっそく、当時勤めていた会社の社長に「私が加工を覚えますので、ぜひ加工までやりましょう」と提案したら、「材料屋が加工をやるというのは得策ではない」と、即座に却下されましてね。でも諦められないし、「じゃあ、付加価値を売る会社を自分でやるか!」と独立を決意し、1992年の26歳のときに現在の会社を設立しました。

―御社は人材育成にも注力しており、多くの1級技能士を誕生させていますね。

細貝  オペレータは現在11人いますが、そのうち9名が1級技能士です。学生の頃は学校の勉強不足を塾で補うことができますが、社会に出るとそうはいきません。学ぶことは学生以上に多くありますが、仕事後に外で勉強する時間もお金もない。そのため、本当は才能がある人間でも、それを発揮する前に周りについていけなくなって、最後は退職してしまうようなことが業界全体で当たり前のように起きているのです。それであれば、「じゃあ社内で塾を開こう!」と考え、1級技能士を取得するため、毎週金曜日に技能士の先生に教えてもらうことにしました。従業員は、分からないことを遠慮なく聞けることが分かると、自然と自ら成長しようと思い始めます。「あなたはこの資格を持っています」「あなたには優れた技術があります」といったことを公に認めてあげることは、モチベーションを高く維持するのに不可欠なのです。

―国際競争力の観点から、日本のものづくりについてのお考えをお聞かせください。

細貝  例えば、大手メーカーであれば、人材が豊富なこともあり、部署ごとの役割がはっきり分かれている傾向があります。そうすると、購買担当者は購買のプロではありますが、専門的な加工技術にはそれほど詳しくない、ということもときにはあり得ます。しかし、発注する製品の特性によっては、単純な価格もしくは納期だけではなく、技術的な面も合わせて考慮しなければならないこともあると思います。だからこそ、発注元の大手メーカーは、加工に精通した目利きができる中小企業ともっと向き合うべきだと思うのです。一方で、町工場としては、単純な価格競争に巻き込まれないよう、自らの得意分野をさらに磨き、高付加価値加工ができることを積極的にPRしていく必要があります。自分で会社を設立した当時は、まだこれといった得意分野はなかったのですが、「取ってきた仕事はぜんぶ得意分野にしていこう」という信念を持ち、努力をしてきました。人は、「こんな仕事をしたい!こういうお客様と一緒に仕事がしたい!」という強い想いや明確な目標を持っていれば、そのレベルに達するための努力を続けられるものだと思うのです。

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―下町ボブスレーネットワークプロジェクトを支えた、大田区の「仲間まわし」の強みとは。

細貝  この地域にある町工場を総合的に見ると、1社で何でもできるか、というとやはり難しい。その一方で、特殊なメッキ処理技術を持っていたり、高度な切削加工技術や板金技術があったり、それぞれがニッチな分野で突出した力を発揮する、個性のある町工場が多く存在しています。もし、これらの技術を1社で全て持とうとすると、莫大な費用がかかりますので、そもそもお客様が重要視している「コスト」が合わなくなります。いくら便利で技術があって融通が利くとしても、価格が高いものはやはり買われません。そこで、それぞれが蓄積している高度な専門技術を「仲間まわし」によってリーズナブルに提供し合うことで、大手加工メーカーの価格に対する競争力をつけていこう、というのが大田区にある町工場の強みだと考えています。

―ボブスレーの部品加工において町工場が力を発揮しているなと感じるところはどこですか。

細貝  例えば、「ここの傾斜がグーッとなっているから、こういうふうにシューッとして」など抽象的な言葉を、パッと数字で把握できるところでしょうか(笑)。感覚的なものを数値化して、素早く手作業で微調整できるのはフットワークの軽い町工場の職人ならではの強みだと思います。これはボブスレーの改良にはとても重要な能力です。選手たちは、ボブスレー設計のプロではありませんので、具体的な数値による改良指示はできません。「少し柔らかく感じる」「もう少し反応がキュッと返ってくる感じに」など、トップアスリートの繊細な感覚に対して、何をどれだけ変更するか、数値にしたらどれくらいの値に相当するかを、選手との会話を通じて、その場で素早く判断しなければならないのです。

―ボブスレーも構造自体が進化していると思いますが、現在の新型ボブスレーの特長を教えてください。

細貝  新型ボブスレーでは溶接構造を極力なくしていこう、という方向でアプローチを進めています。その理由ですが、金属同士を溶接して接合すると、溶接後に必ず縮みが発生し、わずかですが歪みが生じます。これを回避するには、可能な限り一つの素材から一つの部品を全て削り出すことと、どうしても組み合わせなければならない箇所は、機械的な「はめ合わせ」のみでつくるのがベストではないか、という考え方ですね。実際に、従来8個の部品を溶接してつくっていた箇所がありますが、これを一体物にして全て削り出しでつくったという実績もあります。

―下町ボブスレーは日本で不採用になりましたが、諦めずにやり続けている動機はなんでしょうか。

細貝  大田区の町工場全体が、「世界的に知名度を上げる」という目標を掲げて立ち上がったのに、「日本チームで不採用になったからもうやめた」となると、「ほら、やっぱりできなかったよな」と周りから見られてしまう。それは絶対にいやなんです。諦めたらそこで終わりですが、勝つまで続ければ絶対負けませんよね(笑)。苦しくても継続することで新たに掴めるチャンスもたくさんあると思っています。

―今後の展望について教えてください。

細貝  大田区は、世界の困りごとを助けられるようなものづくりの地域であると考えています。ここには多くの仲間がいますし、いずれ、自分の子どもたちがここで成長したときに、大田区がより良い地域になっていることが望ましいですね。言ってみれば、「株式会社大田区」のような構想でしょうか(笑)。また、今後、日本中のいろんな地域とタイアップしながら、地方再生にも貢献できれば、とも思っています。私自身、日本人であるからこそ、日本ならではの良さというものを肌で感じています。私たちがさらに高度な、高品質なものづくりを追求し続けることで、世界中から信頼される日本製品をもっともっと広めていきたいですね。

―最後に、細貝社長にとって職人とはどんな人ですか。

細貝  職人とはブレない人。一度やると言ったら、最後まで絶対やる。その精神は昔から変わらないと思います。しかし、今はAI、インダストリー4.0、IoTなど、新しい時代の波が次から次へと押し寄せています。したがって、今後の職人においては、技術的な面だけではなく、経営的な視点をいかに持つことができるかが一層大切になってくると感じています。昔から変わらないブレない精神力と、柔軟に時代の変化に対応する経営力の両方を兼ね備えた「ニュータイプの職人」を育める環境を大田区の中につくっていきたいですね。

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プロジェクトメンバーに聞く!
下町ボブスレーと町工場の未来

同じ夢を見ることで再び結ばれた町工場の絆

株式会社三陽機械製作所 代表取締役 黒坂浩太郎氏

eye_vol04_07.png 空気圧縮機の部品加工を中心に創業68年を迎える株式会社三陽機械製作所。旋盤15台とマシニングセンタ4台を保有し、精密部品の切削技術で信頼を得ている企業だ。3代目社長の黒坂浩太郎氏は、高付加価値加工を追求すべく、日々社員とともに奮闘している。

―御社の得意な加工について教えてください。

黒坂  薄肉のパイプや平板など、ワークを加工機に把持させる際に、変形が生じやすいものでしょうか。中でも得意なものは、肉厚が極めて薄く、しかもアルミのような軟らかい素材です。このようなワークはわずかな力で大きく変形してしまいますので、取り付けのチャック方法から切削条件、もちろん工具の選定も含めて、全てを適切に設定しなければ狙い通りの寸法に仕上げることはできません。

―日本のものづくりの強みをどうお考えですか。

黒坂  かゆいところに手が届くと言うか、相手の気持ちを考えながら、思いやりの心を持ったものづくりができるのが日本人だと思います。この部品は最終的にどう使われるのか、後工程の加工が予定されていればどういう状態で渡してあげるべきか、というように、自分の仕事の向こう側にいる相手を想像するんです。例えば、はめ合わせて使う部品をそれぞれ別の会社でつくるときは、図面上の公差の範囲はあるものの、実際はどこを狙ってつくるのがベストなのか、大きめか小さめかどちらがいいか、相手の加工はどうだろう、最終製品としてはどうはまるのが好ましいのか、といったことを考えます。このような心くばりができるのは、日本人ならではの強みだと思います。

―相手を考えるという心くばりは、下町ボブスレーの部品加工にも活かされた、まさに大田区の「仲間まわし」の真髄と言えますが、「仲間まわし」という文化について、どう感じていますか。

黒坂  私の祖父は、1948年に大田区で町工場を始めましたが、祖父が活躍していた頃は今よりもさらにたくさん町工場がひしめき合っていました。現在は、後継者がいない、事業環境の悪化、あるいは大手メーカーの海外展開に合わせて移転するなどの理由から工場数は激減し、大田区の様子も大きく変わりました。今では、かつての町工場の跡地にどんどん新しいマンションが建ってゆき、必然的に町工場同士の横のつながりも薄くなっていきました。私も下町ボブスレーネットワークプロジェクトに携わる前は、主要な取引先が地方にあることもあり、大田区内の町工場に親しい人は多くはありませんでした。しかし、このプロジェクトに参加したことで、一気に状況が変わりました。「あそこの会社の名前は聞いたことはあるけど、こういう仕事をしていたんだ」とか、「腕は良いが気難しいと聞いていたけど、話してみると気さくな人だった」という、新たな発見が次々とありまして。そんな関係ができてくると、「それじゃあ一度お願いしてみようかな」となり、祖父の時代にあったような「仲間まわし」の輪に、自然と入っていったのです。同じものづくりをしているもの同士ですから、全て言わなくても相手の気持ちはなんとなく理解できます。このような絶妙な意思の疎通がベースにあるからこそ、お互いのものづくりにかける熱意、プロ意識が共有でき、安心して協力し合うことができるんです。

―下町ボブスレーネットワークプロジェクトに参加して印象に残っていることはありますか。

黒坂  あるとき、5軸加工が求められる部品がありましてね。そこで、仲間から「せっかく5軸を持っているんだから、よろしくね」と、まずうちに加工が回ってきました。しかし、当時は5軸加工機というよりは多面加工機のように使用していたので、どう使えばいいか困ってしまいました。誰か代わりにやってくれないかな、と周りの町工場を探していたら、運良く5軸の機械を活用しているところが見つかったんです。ところがそこは親方が独りで奮闘している工場で、親方は、「仕事としては代わりに引き受けられないが、加工の指導はしてやれる。プログラムは俺がつくるから削りは黒坂さんのとこでやってよ」と言ってくれて。本当に、電話で2、3点ほど要点をお話ししただけで、すぐにうちの5軸加工機に合わせたプログラムを作成してくれました。実際に、この親方とうちは取引の実績は一度もないのに(笑)。常識的に考えて、取引もないような会社からプログラムだけもらっても、どんな動きをするか分からないし、怖い気持ちもありましたが、信じてボタンを押すと、そのままきちんと見事に加工できてしまったのには驚きました。

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下町ボブスレーの部品加工において、曲面加工には三菱マテリアルの『小径ラジアスエンドミル』、荒加工には『バイオレットファインラフィングエンドミル(S)』が使用された。

―下町ボブスレーネットワークプロジェクトに取り組んでから、会社として変化を感じていますか。

黒坂  受注の仕方が変わってきましたね。今までは、大田区内でもどの会社が何をできるか知らなかったので、どんな仕事がお願いできるのかが分かりませんでした。それが、下町ボブスレーに参加することで、実はこんなことができる会社なんだ、と分かるようになってきました。町工場同士で、自分のところだけではちょっと難しい、納期も厳しいといった仕事があるときは、窓口はそこがやるとしても、この工程はあの会社が得意だから頼んでみようか、という流れが自然にできてきて、大田区全体に良い連鎖が生まれてきています。また、今では「下町ボブスレーをつくっている」という一言で他の地域のお客様にも、大田区の町工場の良さを知ってもらえるようになりましたね。あとは、なんと言っても一番大きかったのは、社員のモチベーションアップです。我々が普段つくっている部品は、最終製品の一部であり、個々の部品自体は一般的にはなじみがありません。ところが、ボブスレーを製作しているメーカーを見てみると、世界でも名だたる一流メーカーの会社ばかりです。世界を相手に堂々と同じ土俵で勝負できる製品をつくっているわけです。我々が加工した部品を搭載した下町ボブスレーがオリンピックで活躍すれば、さらに自分たちの仕事に大きな誇りを持つことができるようになると思います。

―ボブスレーの部品加工で難しいな、と思ったところはどこですか。

黒坂  一つのブロック材から全て削り出しでつくったフレームは困難でした。S45Cのブロック材のかたまりから一つのフレームを削り出したんですが、このフレームは中をくり抜いて軽量化するんです。この加工は、CAMを使わないとプログラムがつくれないんですが、CAMのシミュレーションで干渉チェックをしてOKでも、実際には加工時のたわみや変形などでワークに削り残し、または削りすぎなどが発生します。ボブスレーでは軽量化が重要になりますが、単純な軽量化だけではダメで、ボブスレーに乗り込む選手の体重は前に乗る人と後ろの人で違いますので、全体のバランス計測装置をつくって部品ごとのバランスを測っています。一般的なソリは、溶接を多用し、板も曲げてつくっているようですが、下町ボブスレーは極力削り出しで部品をつくっていますので、他国のメカニックも滑らかで美しいソリの構造に驚きます。実際、削り出しで部品をつくることによってどれだけボブスレーの性能が高まっているかは分かりません。しかし、「なぜそこまでこだわるのか?」と問われれば、「可能性が少しでもあるなら徹底的にこだわるのが職人だから」ということでしょうか(笑)。事実、下町ボブスレーに乗った選手からは、剛性が高く、コーナーを曲がるときに余計な振動がないように感じると聞いています。

―最後に黒坂社長にとって、職人に重要なものとは何でしょうか。

黒坂  常に「創意工夫」することです。我々がつくっているのは工業製品であり、芸術的な伝統工芸品をつくっているわけではありません。世の中がすごいスピードで動いているのであれば、今優れた技術を持っている職人といえども、新しいことに貪欲に取り組んでいかなければ、取り残されてしまいます。常に現状に満足することなく、前に進んでいくことが重要ではないでしょうか。

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