CUTTING EDGE

切りくずを吸引する工具 Qing NEO

吸引工具の原点は、30年前に生まれた

 切削加工における永遠のテーマ、切りくず処理。切りくずが適切に処理できなければ、加工面の品質低下はもちろんのこと、工具刃先が欠損するなど、さまざまな問題が生じます。主な切りくず処理対策としては、チップブレーカーやクーラントなどを工夫することが一般的です。しかし、今から30年ほど前、三菱マテリアルではそれらとは全く異なる視点でのアプローチが行われていました。それは、あたかも掃除機のように、切削しながら切りくずを吸引するという方法でした。1986年にこのアイデアを実現し、実際に発売までこぎつけたのが、日本語の「吸引」という単語をもじったQingカッターでした。自動車のエンジン部品であるシリンダーブロックの正面フライス加工における切りくず処理改善を目的として開発された特殊工具です。シリンダー内部に切りくずが入ると、穴の内面を傷つけたり、穴の中に残った切りくずを除去するための手間が生じたりするなど、加工品質、加工能率ともに大きく悪化してしまいます。これらを回避するために、切りくずを切削中に吸引してしまうという発想が生まれました。三菱マテリアルの吸引工具という歴史は、このような背景のもとに始まったのです。

進化するQingカッター

 1986年に発売した第1世代(QSV形)は集塵機方式を採用し、ガイドプレートで切りくずを巻き上げ、ケーシングの中を通して集塵機で切りくずをバキュームする方式でした。切りくず回収能力が高く安定している半面、ホースや集塵機などの高価な周辺設備が必要になるという難点がありました。そのため、より利便性を高めるべく、90年代初頭に工場のエアーを利用するダブルエアー方式の第2世代(QWA形)を開発しました。ケースにエアーを入れてサイクロン上に吹き飛ばしたのち、エアー増幅器を使って切りくずを吸引するもので、主に鋳鉄やアルミなどの加工で性能を発揮し、さらに多くのお客様に使用されることとなりました。続く第3世代が開発されたのは90年代の後半です。切りくずは無理に吸引せずとも、被削材から離れた場所へ確実に排出すればよいという基本に立ち返り、切削時の遠心力によって、切りくずを搬送コンベアに向けて自動排出する方式を採用しました。この方式であれば集塵機もエアーも不要になります。また、シンプルな構造にすることができるため、工具自体も低価格に抑えられ、マシニングセンタのATC(自動工具交換)にも対応できました。

 その後、当社に限らずさまざまな吸引工具が発売されましたが、一般的な工具と比較するとサポートやメンテナンスに高額な費用がかかります。また、切りくず処理対策の一環として生産ラインのセル化なども進んだことで、吸引工具自体の需要は徐々に縮小していきました。当時、吸引工具から撤退する工具メーカーが多くありましたが、当社は昔から継続して使用されていたお客様のために生産を続けました。

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最新の吸引工具 Qing NEOの誕生

 それから15年以上の時が流れた2015年。トヨタ車体株式会社からご要望をいただいたことをきっかけに、第4世代となるQing NEOの開発が始まりました。Qing NEOは、可変フルート付きアーバー、ベアリング、ロックナット、カッター全体を覆うケースから構成されます。工具先端で発生する切りくずを吸引し、アーバーの根元付近から外部に接続した集塵機へ排出する方式で、高い吸引効果を発揮します。従来の第3世代までは正面フライスのみであったため、加工のバリエーションが限られていましたが、Qing NEOでは平面加工はもちろんのこと、曲面加工から深堀加工まで多くの加工形態を可能にしました。工具刃先周辺の気流速度は切りくずを十分に吸引できる10,000~40,000mm/sを示し、切りくずはアーバーに設けられたフルートへ運ばれ、気流と工具回転による遠心力の効果でスムーズにケースへ移動します。現在は、ATCにも対応すべくさらに改良を進めている一方、将来的にはターニング工具への適用も視野に入れ、着々と開発が進められています。

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開発を振り返って

堀池 私は第2世代、第3世代の開発に携わっていました。当時から「金型の加工にもQingカッターが使えないか」という要望はあったのですが、昔は3次元CADがありませんでした。当然、切りくずを吸い込むという流体現象を解析する技術もなく、実際に製品として具体化するものづくりの生産技術も今ほどではなかったことから、実現できませんでした。現在はいろいろな技術が大幅に進化していますので、当時では考えもつかなかった機構が考案され、技術的にも確立され始めていますので、当社の吸引工具がかつてのように、さまざまなお客様のところで広く普及していってほしいと願っています。

佐藤 Qing NEOの開発は、最初の設計をする段階で最終的なアウトプットイメージを思い描くことができ、目標達成への見通しが立っていたことが、良好な結果につながったのだと思います。私としては、通常の工具開発ではあまり扱わない集塵機やホース、ベアリングなど、吸引工具ならではの関連技術の知識を得ることができ、技術者として視野を広げられたことが大きな収穫でした。今後はより多くのお客様にご使用していただくためのさらなる工具費の低減や、対応できる加工形態を増やすべく、使用できるカッターのラインナップの拡大を進めていきたいです。

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(左) 開発本部 インサート工具開発センター 専用工具グループ
堀池伸和 1988年入社
(右) 開発本部 加工技術センター 独創工具開発グループ
佐藤隆広 1987年入社

トヨタ車体株式会社 特別対談

Qing NEOを実現できたのは理想的なチームワークがあったからこそ。

 Qing NEOを共同開発したトヨタ車体株式会社は、1945年、トヨタグループにおけるトラックボデーの専門メーカーとして誕生した企業です。現在は商用車からミニバン、SUVへとフィールドを拡大。国内での開発・生産の一貫した体制により、市場のニーズに応えるクルマづくりを推進しています。さらに、高齢者や障がい者の移動をサポートする福祉車両・機器、次世代パーソナルモビリティーとして期待されている超小型電気自動車など、幅広いクルマの企画・開発を行っています。今回はトヨタ車体の奥田氏、井戸田氏、松本氏に当社とのQing NEOの共同開発の裏側をうかがいました。

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トヨタ車体(株)工機部 工機技術室 室長 奥田光正氏 / 工機部 工機技術室 主担当員 井戸田章弘氏 / 工機部 工機技術室 金型グループ 松本哲宜氏

金型加工の自動化を目指して

左から、三菱マテリアル 佐藤隆広、 トヨタ車体(株) 井戸田章弘氏、松本哲宜氏、 三菱マテリアル 営業本部 三河営業所 杉浦義幸、  トヨタ車体(株) 奥田光正氏

―Qing NEOの共同開発に至った背景を教えてください

奥田氏 私たち金型部門では、ボディパネルのプレス金型を製造しているのですが、商用車やミニバン、SUVなどは車両のサイズが大きいために切削量が多くなります。大量に排出される切りくずを清掃するのに多くの時間を費やしており、その間は加工ができません。私たちはコスト低減と生産性向上のため、加工工程の自動化を進めており、これが大きな課題の一つとなっています。そこで、同じ自動車産業のエンジン加工で昔から用いられていた「切削しながら切りくずを吸引できる工具」があったことを思い出しました。それが応用できれば、自動化への大きな一歩になるのではないか、と考えたことがスタートです。

―自動化の取り組みはいつ頃開始されたのですか?

奥田氏 金型の作り方を根本的に見直そうと考え、本腰を入れて取り組み始めたのは2012年からです。私たちは「新造型プロセス」と呼んでいますが、生産工程のさまざまな無駄を一つひとつ丁寧につぶしていこうという中で、切りくずを吸引する工具の発想が生まれました。

佐藤 最初の打ち合わせは、今から2年半前の2015年の6月でしたね。

井戸田氏 そうですね。当社の要望を簡単にポンチ絵としてまとめて、初めて筑波製作所を訪問したときは、「こんなややこしい相談、本当に引き受けてもらえるのかな」とかなり不安でいっぱいでした(笑)。しかし、以前に当社をご担当されていた多くの方のご協力もあり、実際に引き受けていただけたときは、ホッとしたのと同時に、皆様に感謝しました。

奥田氏 三菱さんにはQingカッターという過去の実績があったものの、今回は金型加工が対象ということで、ほぼゼロからスタートしなければならなかったと思います。でも、私たちの依頼を快く笑顔で受け止めてくれた。これが何よりうれしかったですね。筑波製作所に訪問した際に、とても丁寧におもてなしをしていただいたことも印象に残っています。工場見学で記念写真を撮っていただいたことも初めての経験で、とても良い思い出です。

佐藤 いろいろとほめていただき、ありがとうございます。ただ、最初に私がこの話を聞いたときは、果たして切りくずをうまく吸引できるものなのか、正直半信半疑でした(笑)。これまでにはない、明らかに重力に逆らう方向で切りくずを吸い上げることになります。そこでいろいろと悩んだ末、過去にドリル開発を担当していたときの経験が役に立ち、これが新たな形状を発想するきっかけになりました。このアイデアを思いついた瞬間が、いけそうだと手応えを感じたときですね。

松本氏 こちらは毎回厳しい要求をするのですが、そのたびにとても速いスピードで目標をクリアしてくることにいつも驚いていました。試験後の改良試作品のできあがりも常に早く、とても頼りにしていました。

井戸田氏 何しろ6月に相談して9月半ばには、工具本体だけではなく周りのケースまで、設計モデルではなく、試作品がほぼできていましたから。

佐藤 9月の段階で社内試験をしていたときには、使用する切削条件において、ビビリなどの異常がなく、かつ切りくずの吸引率が目標値の90%を超えていたことが確認できていましたので、これはいけると確信しました。

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「魔法のような加工」を追求するパートナー

奥田氏 そのときの加工テストの様子を初めて見たときの違和感はかなりのものでした。切削加工では切りくずが出てくるのは当たり前だと脳に刷り込まれていますので、それがないという事実は「魔法のようだ」と感じ、何とも不思議な感覚でしたね。

佐藤 当時、皆様から「うわ!魔法のようだ」という声をいただいたのがうれしくて、さらに良くしたい、もっと驚かせたいという想いがこみ上げてきました。まさに、お客様の想像を超え、感動させてみたいというワクワク感が自分の中に芽生えた瞬間だと思います。

井戸田氏 佐藤さんは、我々の期待するスピードによく対応してくれました。打ち合わせでは毎回いくつかの課題が出てきますが、その次の試作品では全てしっかりと改善されていましたから。

佐藤 毎回出る宿題をきちんとこなしたときの皆様の反応を見ていると、とても喜んでいただけているという実感がありました。ですから、苦労とか大変と感じたことは実はあまりなかったりします(笑)。今回の共同開発のように、お客様と一緒になって“こういうことはできないかな?”“こんなふうにすれば解決するかな?”と時間を割いて真剣に議論を交わせるケースは、私の経験では今までなかなかありませんでした。打ち合わせのたびに皆様とお会いするのが楽しみでさえありましたね。

井戸田氏 毎年11月に社内の上層部に加工技術の改善を発表する場があり、今回取り組んでいるQing NEOの試作品をなんとか間に合わせてもらったことがありました。その場では私がプレゼンをしたのですが、加工の様子を動画で公開したところ、切りくずが出ない様子に驚いていて、まさにしてやったりという気持ちでした(笑)。

―その後の開発も順調でしたか?

井戸田氏 被削材の形状や加工形態によっては、ケースとアーバーの干渉が出てしまったり、切りくずの吸引率が落ちたりといった課題がありましたが、地道な努力で一つひとつ解決してきています。

佐藤 75度の傾斜面の加工では切りくずの吸い残しがやや多く、これについてはまだ改良の余地があると見ています。

奥田氏 ケースとアーバーが干渉しないように全体の設計を変更した段階で、すでに96~97%ほど吸引できていましたし、傾斜面でも90%以上吸引できていたので、こちらとしては満足だったのですが佐藤さんがこだわってくれました(笑)。大きな課題であったATCへの対応も目処が立ちそうです。工具の費用面ではまだ気になるところがありますが、引き続き改善してもらっているところです。

井戸田氏 今回の共同開発にあたっては、お互い共通の目標に向かって、常に前向きな意見交換ができたこと、また、困難だと思ったことは素直に困難と言い合える関係をつくれたことが良い結果につながりました。共同開発は今後も続いていきますので、将来的には、周辺機器や加工機メーカーも巻き込んで進めていければと思っています。

―最後に、皆様にとって切削加工の世界の魅力とはなんでしょう?

佐藤 一見シンプルに見えますが、実は複雑な世界です。切りくずをきちんと処理する、工具の寿命を延ばす、仕上げ面をしっかり出すなど、お客様ごとに要望やゴールは異なり、それらを達成する手段もまた無数にあります。その中から自分で答えを導き出し、一つひとつの結果を確実に出していくことで、理想に少しずつ近づいていっている実感が得られたときは、大きなやりがいを感じられますね。

松本氏 自分で考え、実行したことが数字として確認できることですね。例えば、従来1時間かかっていた切りくずの清掃が数分に短縮できたとか、2時間も要していた加工が1時間に短縮できたというように、成果が明確な数値で表れます。当然、現場も喜んでくれますので、それがうれしいですね。

奥田氏 社会全体の求める価値が、モノからサービスに移ってきている流れは確かにあるものの、形あるモノを入手するうれしさはいつの時代にも変わらずあるはずです。金型を削るという仕事も、モノの価値を生み出す行為の一部であるというプライドを持ち続けたいと思っています。

井戸田氏 切削加工は世の中からすればマイナーな世界ではありますが、未開拓の領域はまだまだあり、今回のQing NEOもその一つです。従来の技術では削ることが難しい被削材などが次々に誕生し続ける中で、多くの新技術を創り出せる可能性があると思います。

奥田氏 当社でも、従来工具のカスタマイズ程度の改善は多くありますが、今回のようにゼロから両社で工具を共同開発することはほとんどありません。本音を言えば、三菱さんのようにユーザーと一緒になって問題に立ち向かってくれるパートナーがもっと多く現れてほしいと願っています。現在の加工時間を半分にするというような、大胆でハードルの高い取り組みも決して不可能ではないと思いますし、プレス金型の切削加工の理想を共に描き、これからも力を合わせて追求していきたいですね。

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