CRAFTSMAN STORY

ジェットクーラント技術「ジェットテックホルダ」

クーラント技術の進化により、耐摩耗性を向上させる

近年、航空機産業を中心に、難削材の高能率加工へのニーズは高まりをみせ、高い切削条件で長く使える工具が求められている。このような難削材加工においては、高圧クーラントを用いたバイトホルダが徐々に使用され始めているが、切りくず処理性の向上に対しては一定の効果が得られているものの、もう一つの大きな狙いである工具の長寿命化に対しては、安定した効果が得られにくいのが現状だ。しかも高圧クーラントを使用するには特別な設備が必要となることから、多くの加工現場からは汎用的な設備で耐摩耗性が改善できるバイトホルダが切望されていた。今回は、東京大学 帯川利之教授と協力し、極めて効果的なクーラント技術を開発した3人の開発メンバーに話を聞いた。

―まずは、この技術の特徴について教えてください。

髙橋 新クーラント技術「ジェットテック」の最大の特徴は、ホルダの先端に独自のL型形状のノズルを設置し、インサートの逃げ面方向から刃先近傍に向かって、クーラントを勢いよく噴射(Jet)する点です。一般的なクーラントの供給手段として、インサートのすくい面側、あるいは逆バイトとして逃げ面側にクーラントを供給する手段が用いられます。しかし、図1左図のようにすくい面から供給しようとすると、切りくずが邪魔をしてしまいます。一方で、逃げ面から供給しようとしても、そもそもわずかな隙間しかない上に、高速で回転する被削材表面と工具逃げ面が接する高温・高圧のスペースにはクーラントが入っていかない。いずれにしても、本来直接冷却したい刃先近傍まではクーラントが届かないわけです。「ジェットテック」は、図1右図に示す通り、逃げ面側から供給するクーラントを「高圧(高速)」にすることで、高温となる刃先近傍にクーラントを供給できる技術なのです。これにより、今までは困難であった高温の刃先を効率的に冷却することに成功し、結果としてインサートの耐摩耗性向上を実現しました。実際にすくい面側から給油する一般的な外部給油の場合と比較し、約30〜50%の寿命延長効果が得られることを確認しています。

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―開発の経緯を教えてください。

清水  開発着手の背景として、難削材加工時の工具寿命の著しい低下という課題がありました。当時は、競争力のある新製品開発を行うためには、社内のリソースのみでは不十分だと考え、外部機関との連携を重要視していました。その中で、難削材加工の寿命改善につながる研究をされていた東京大学の帯川利之先生と出会ったのです。帯川先生は、逃げ面からエアーを噴射し、刃先を空冷することで工具寿命を延長させる研究を行っていました。クーラントの供給方法により、難削材加工に対する新たな回答を導こうとしていた姿勢に強い魅力を感じ、2008年より共同研究がスタートしました。

髙橋  当時、クーラント技術は、国内工具メーカーではあまり着目されておらず、弊社としても積極的には取り組んでいませんでした。そのような状況の中、この共同研究のお話をはじめて伺ったときはとても面白い発想だとは思ったのですが、同時に「実際に製品になるだろうか、果たして売れるのだろうか」という不安を覚えたことを記憶しています。

清水  私たち「次世代加工グループ」という部署は、2 ~ 3年以内に発売して売れる製品の開発ではなく、5年後、10年後の将来を見据えた工具や技術の開発を行っています。製品化の難しさはありましたが、このクーラント技術こそが「次世代加工」という名称にふさわしい題材だと感じましたね。

髙橋  開発を進める上で最も大きなターニングポイントだったのは、クーラントを勢いよく噴出させるために、エアーでアシストする方法と切削油を直接加速させる方法のどちらを採用するかでした。さまざまな議論の末、お客様が保有する工作機械の種類に左右されにくく、どんな環境でも使いやすいことが最優先だと考え、最終的にはエアーではなく、切削油を選択しました。その後も、切削油を放出する穴形状はどうあるべきか、大きさはどれくらいか、流量はどれほど必要なのかなど、課題は山積みでした。これらを解決していく上で、帯川先生が活用していた流体解析を積極的に弊社でも取り入れたことが非常に役立ちました。私自身、流体解析の知見が不十分でしたので、慌てて学生の頃に勉強をした本を何冊も引っ張り出して見直しました(笑)。このような苦労の末、やっとの思いでジェットテックの基本的な設計コンセプトが完成しました。ここからは、量産化・製品化に向けた開発が本格的に始まることになりますが、最も重要である設計の主担当として今井を任命したのです。

今井  当時の私は、ちょうど大型製品の開発を終えたところでした。本音を言えば、工具形状の開発者にとってバイトの開発は地味なわりには難しい。花形と言われるミーリング製品とは違って、積極的には誰も手を付けたがらない分野です。しかし、髙橋からジェットテックの基本コンセプトを聞いたとき、直感的に面白いなと思いましたね。すでに基礎的な効果は検証されているし、これをなんとか製品化することができれば、私の名前もさらに売れるかな、とも密かに思っていました(笑)。

髙橋  なんて言っていますが、最初に話をしたときの「え~、バイトかよ・・・」という今井の残念そうな反応は今でも覚えてますよ(笑)。結局は、難題だらけだったこの製品の設計を今井に任せたことは、やはり正しかったと言えますね。

今井  私は開発が好きですし、難題に挑戦するのが性に合っているんでしょうね。

―製品化の難しさはどういうところにありましたか。

今井  このクーラントを出す穴の形状、これが機械加工ではつくれなかったのが一番の課題でした。ここまで刃先に近い位置にクーラント穴のあるバイトホルダは今まで存在せず、機械加工での製造が一般的なバイトホルダにおいて、この形状をそのまま量産化することは不可能でした。つまり、この部分だけ独立させる部品化が必要でした。しかし、日頃から今まで誰もやっていないことをやりたいと思っていましたので、前例はありませんでしたが、量産に対応させるための部品化に踏み切りました。

清水  たしかに、この穴形状はどうやっても機械加工ではできないな、という限界がありましたので、機械加工は諦めたとしても部品化でなんとかしてみようと、今井に知恵を絞ってもらいました。

今井  まず悩んだのは、部品の試作を何の材料でつくるかでした。すでに樹脂の3Dプリンターは他の開発品で使用していたため、樹脂でまずつくって、きちんとクーラントが狙った通り出るか、という単純な確認だけを最初にしてみることになりました。ところが、実際に試作品が完成すると欲が出てきて。当初の目的を超えて、「実際に削ってみるか?」という話になっていくわけです。結果としては、案の定切りくずの熱で穴が開いてしまったんです、そりゃそうですよね(笑)。それで、「やっぱり金属で試作するしかない!」ということで、当時としては珍しかった金属の3Dプリンターを扱う業者をなんとか見つけ、再度試作品をつくりました。

髙橋  開発当初は水道水レベルの常圧で効果が出せるように設計していましたが、高圧クーラントを使っているお客様がいるのも事実です。仮に高圧クーラントで使用した際、ノズルがスポーンと飛んでしまっては危険なため、常圧でも高圧でも対応できる形状に途中から設計を変更することにしました。ところが、試作と検証を繰り返すうちに、高圧だと部品をバイト本体に留めるねじが曲がってしまうことが分かり、ねじの改良を余儀なくされました。

今井  この頃は、途中からあれもこれもと要望が増えてきた頃で、髙橋と何度もケンカをしました(笑)。「そもそもそういう話じゃなかったでしょ!」って。

髙橋  こうした仕様の変更をもちかけるたびに、「最初と言っていることが違う!」って何回も今井に言われましてね(笑)。それでも、最後はお客様のニーズに応えるため、ということを信念に妥協は一切せず、今井とともに改善を進めていきました。

今井  3Dプリンターで試作をするメリットは、すぐに実物を試作できて、実際に試験、検証ができるところですね。3Dプリンターの普及により工具の開発工期はもちろんですが、いろんな業界の製品開発の期間が短くなっていくと感じています。

髙橋  最終形状が確定してからは、さまざまな切削条件でクーラントの種類、流量などを変更しながら検証を重ねていきました。そしてやっとのことで昨年の展示会で社外発表を行うまでに至りました。会議室はほぼ満員で、質問も多くいただき、お客様の関心の高さを肌で感じることができました。特に「常圧でもいいのか?」という質問が多くありましたが、日本の工具メーカーが新しいクーラント技術に取り組むことにも関心があったようです。このときは、諦めずに開発を続けてきて良かったと胸にこみ上げるものがありました。

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―今後の展望について教えてください。

髙橋  まずは、C形での販売を先行して始めましたが、現在では、W形、D形、S形、T形、V形の6形状への展開と発売もすでに終えています。今後は、この技術をバイトホルダ以外の他の工具にも展開したいと考えています。

清水  競争という意味では少しずれますが、この技術は弊社だけが囲い込むものでもないかなと思っています。基本的な寿命延長技術の一つとして認知度が上がり、業界のスタンダードとなっていくのであれば、多くのお客様の生産コスト低減に貢献できる。つまり、将来的に切削加工業界全体に貢献していければ良いのです。また、海外に比べ、日本の工具メーカーでは産学協業という文化がまだまだ弱いと感じていますので、今回のような取り組みをさらに増やしていきたいと思っています。

―最後にものづくりの面白さについて教えてください。

今井  やはり、自分の頭で考えたものが現実になることじゃないでしょうか。しかも、それをお客様に使っていただき、さらに喜んでもらえるなら本当に最高です。開発をするということは、新しいことをやるということですので、失敗しない、苦労しないってことは絶対にないし、むしろ失敗する、苦労するのが当たり前です。そういう意味では、今回は「失敗しても気にせずどんどんやっていけ!」と言ってくれた上司がいてくれたことが成功の秘訣だったのかもしれません(笑)。こういう挑戦ができる環境こそが、どんどん新しいものを生みだしていくのではないかと思います。

髙橋  私も開発に従事して16年になりますが、自分が考えたことを具現化して、理論を実証し、実際にその通りになったときが一番気持ちいい。開発には、世の中にないものを、世界初なり、No.1なり、オンリーワンなり、これらを目標にできるということの楽しさというか、ありがたさがあります。そんな可能性を持った仕事に就いている誇りを持ちつつ、これからも新たな製品をお客様にお届けしていきたいと思います。

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写真右が開発当初の試作品

東京大学 帯川教授 インタビュー

切削加工の第一人者である東京大学・帯川利之教授が切削加工の研究を始めたのは修士のとき。そのときの研究テーマは快削鋼で、快削鋼の中に入っているマンガンサルファイド(MnS)の効果を研究したのが始まりだった。今回、帯川教授が三菱マテリアルと共同開発した「ジェットテックホルダ」の完成に至るまでのいきさつを伺った。

―難削材への研究テーマで難しかったことは?

帯川  私が助手になった1980年当時は、削るといったら鋼ばかりでした。当時、チタン合金やニッケル基耐熱合金などの難削材は非常に高価で、入手しづらいもの。それでも難削材をテーマにしようと思ったのは、日本が航空宇宙関係の切削加工技術で後れをとっていたことに危機を感じていたためでした。若い頃の私は“解析屋”と呼ばれるほど、解析ばかりしていましたね。切削は高い熱が出て大きな変形が生ずる現象で、これらの現象を解くための解析は非常に難しかった。当時の専門書に記載されていた解析理論は、大変形解析のためのものではなく、通常の応力解析法だったので、とても苦労した思い出があります。

―その後はどういった研究をされましたか?

帯川  私が教授になった頃、環境に優しい切削法ということで、MQL切削が流行りだしました。大量の切削油を使用するのではなく、微量のオイルミストを使うのがブームでした。電力消費が少なくなり、加工費の削減が実現できるということで、あっという間に拡がっていきました。1990年代後半にはある自動車メーカーが、工作機械のクーラントポンプを使わないと消費エネルギーが約40%も減少する、というデータも出していました。これは、工作機械のスピンドルよりもクーラントポンプの消費電力の方が大きい、ということになります。私もこの頃、MQL切削の効果を認め、流体解析を使って色々と調べました。あるとき、逃げ面、すくい面の2カ所からオイルミストが出てくるMQL切削用の工具を見ていたのですが、そのときに通常の湿式切削においてこの穴から圧縮空気だけを出したらどうだ、と思いついて実験してみたところ、ある程度良い結果が出たのです。これがAJA(Air Jet Assist)切削法です。空気を使うのは意外にコストがかかることが分かりましたので、それならばここから切削油を出せばいいんじゃないかと考えました。そして、小さい穴からオイルミストを吹き出す、次は圧縮空気だけを出す、最後は切削油を出す、という段階を踏んでいったのです。

―エアーでやろう、という発想が斬新ですね。

帯川  AJA切削法では、エアーで切削油を押せばいいのでは、と考えたんですね。切削油の流出速度は秒速1 ~ 2m、それに対して圧縮空気は100 ~ 200mあるので約100倍速度が違う。MQLでエアーを効率よく出せることは知っていましたから、「これは使えるな!」と。私の研究者人生でラッキーだったのは、総じて、最初にとったデータが非常に良い結果であったことですね。最初から悪いデータが出てしまうと、やる気がなくなってしまいますので(笑)。

―今回のクーラント技術の開発で難しかったことは?

帯川  最初は、どのような大きさと形状の穴がいいのか調べましたが、学生がこの穴を自由に変えて試作品をつくるのはとても大変です。そこで、実際の工具ではなく、ノズルの先に小さい穴のついたアダプタのようなものをつくり、その穴径を変えつつ、流量と流速の両方を測るというやり方をしました。穴の径が大きくなると流れる量が増えますが、一定以上径が大きくなると速度が落ちてしまう。その結果、2㎟あたりの断面積の穴が流速も流量も良い条件になるということが分かり、それを設計の基準にしました。逃げ面、すくい面の両方から切削油をかけたいと思ったこともありましたが、流量が増えると流速が落ちてしまうので、最終的には逃げ面のみからかけることにしたのです。

―三菱マテリアルとのやりとりの中で印象に残っていることは?

帯川  色々苦労していただいたと思いますが、AJA切削のエアー用の穴より穴の断面積が大きいので、当初は接着剤で穴埋めをするような部分もありました。それが、実際に切削油を出してみたところ、接着剤が切削油でふやけてしまい、一気に崩壊したこともありました。最終的に丸い穴からL字の穴に変わり、それもインサートの先端角によって形状が全部違うので、三菱マテリアルさんがいろんな形状をつくって検証されたことは、非常に大変だったと思います。

―製品が完成したとき、どんなお気持ちでしたか。

帯川  逃げ面から切削油をかけるというアイデアに共感し、一緒に試行錯誤をしながら製品をつくりあげてきました。実際に完成した製品を見たとき、「美しいな、キレイだな」と思いましたね。切削工具は付加価値の高い製品です。私がざっくりと計算したところ、ある航空機は1gあたり200円くらい、最新のハイブリッド自動車は1gあたり2円くらいです。しかし、インサートは1gが50円ほどです。さらに、数㎎ほどすり減っただけで捨てられてしまう。それだけ切削工具には価値があり、たくさんの技術が込められています。今後も、その可能性をさらに拡げていくような新たな研究を続けていきたいと思います。

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