TECHNOLOGY ARCHIVE

自動車のAT化を支える大径ヘリカルブローチの歴史

自動車産業を陰から支える巨大工具

自動車に搭載されるオートマチックトランスミッション(以下AT)に必要不可欠な部品である遊星歯車。マニュアルトランスミッション車からAT車へと自動車の主流が移り変わってきたことで、遊星歯車そのものの生産効率の向上が強く求められてきた。このような背景の中で誕生した工具が、粗加工から仕上げ加工まで一工程でかつ高精度に歯車を削り出すことができる「大径ヘリカルブローチ」である。世界に先駆けて画期的な商品を世に送り出した当社のブローチ開発の歴史を、精密工具製造部のメンバーに聞いた。


CLOSE UP

ブローチ加工とは

 ブローチ加工は、スプライン溝やキー溝などの特殊な形状を円筒穴の内面に成形するために考案された加工方法です。ブローチ(工具)の先端付近は被削材の丸穴に近い形状になっており、中央部に向かうにつれて徐々に切れ刃が設けられ、最後端部近傍には、最終的に生成したい歯形の形状に近い切れ刃が設けられています。このような特殊な刃先を連続で設けられているブローチをブローチ盤で一気に引き抜くことで、粗加工から仕上げ加工まで同時に行うことができます。

 仮に、ATなどに使われる精密な内歯車をギヤシェーパ加工で行う場合は、粗加工、中仕上げ加工、仕上げ加工のそれぞれ最適な切削条件を設定し、切削する必要があります。それに対し、ブローチ加工では、本来三工程必要な加工を一工程に集約することができるので、生産性が大幅に向上します。

<ブローチ加工の特長>
被削材の内面に精密な歯車を成形

 粗加工用切れ刃から仕上げ加工用切れ刃まで、連続的に変化する多数の切れ刃を有するブローチを使用する加工は、次のような特長があります。
◯ブローチ盤(加工機)でブローチを引き抜くだけなので、短時間で加工できる。
◯基本的に、ブローチの切れ味と刃先精度がそのまま被削材に反映されるため、ブローチ自体の性能が高ければ、最終製品の仕上げ面および寸法精度も良好になる。
◯らせん(helix)角度をもつ溝など、軸方向に複雑な溝形状も加工できる。
◯一刃あたりの切込み量やトータルの切削量などは、ブローチの設計時に全て事前に検討・設定できるため、ブローチを引き抜く作業自体には熟練度を要しない。
◯切削時の圧力が被削物を固定(保持)する方向に働くため、被削材を強固に固定するための特殊なクランプ用治具が不要である。

tec_vol06_01_ja.png

Part 1 1962~

明石製作所の操業が開始

 昭和30年代に入り、日本の製造業が急成長を始めたことで、切削工具に対する需要が急増してきた背景を受け、当社の明石製作所は1962年から操業を開始しました。当時の明石製作所には、研削・焼入れ・検査などの各工程に最新の設備が多く導入され、ドリル・カッター・リーマ・ブローチなどのさまざまな切削工具を生産していました。特にブローチについては、高精度かつ高能率に歯車を加工できること、また歯車を加工する際の熟練度が不要となる方法であったことから、お客様にとってのメリットが多いと期待されており、当社も早い時期からブローチの開発に取り組んできました。

tec_vol06_02_ja.png

Part 2 1990~

自動車のAT化が急速に進み、ブローチ加工へのニーズが急騰

 1990年代に入ると、自動車のAT化が一気に加速しました。そこで求められたのが、ATの主要部品である比較的直径の大きな遊星歯車の生産効率の大幅な向上です。ブローチが登場するまでは、ギヤシェーパで歯車を切削していましたが、粗・中仕上げ・仕上げと3つの加工プロセスが必要となるため、1個あたりの生産時間は約2〜3分もかかっていました。これをブローチ加工に変更すれば、1個あたり30秒以下で完成させることが可能になるため、生産性が約4〜6倍にまで高まります。さらに、精度面においても、ブローチの方が各段に高くなる上、ブローチ盤でブローチを引き抜くだけのシンプルな加工になることから、作業者に高い技能を求める必要もありません。

 このような背景の下、当社では従来のスプラインブローチの進化形となる大径ヘリカルブローチの開発に着手しました。最初の試作品は、荒歯形部(本体部)を外周切削刃、仕上げ歯形部(シェル部)を歯厚切削刃で構成した「組立形」でした。本体部とシェル部を分けたのは、当時の歯形精度測定機の測定可能サイズに限界があったためです。ブローチは工具刃先の形状がそのまま被削材に転写されるため、高い精度が要求される歯車の加工においてはブローチ自体にも高い精度が求められますが、組立形ではその精度に達することが至難の業でした。数多くの試作品をATメーカーに提出しましたが、その大半がブローチの精度不良として戻ってきていました。組立形では、シェル部の切削刃の性能次第で歯車の歯形精度が大きく変わってくるため、シェル部の切れ刃形状をミクロン単位で調整する必要がありました。その後、多くの試行錯誤と改良を繰り返した結果、ようやく1995年頃に最終部品の精度が安定するようになり、正式に販売を開始するに至りました。


Part 3 2000~

画期的な計測機開発により世界初の一体形ブローチを発売

 1990年代後半から、当社は組立形の量産を本格化するのと同時に、新型のブローチ開発に着手しました。従来の組立形とは全く異なる、本体部とシェル部を一体化させた「一体形」です。これを実現するためには、極めて難易度の高い課題を解決しなければなりませんでした。なぜなら、当時の世の中には、サイズの大きな一体形ブローチの歯形精度を測定するための機械もなければ方法もなかったため、刃先を高精度に研削することが不可能でした。AT用の遊星歯車の製造に使用される大径ヘリカルブローチは、外径がφ100~φ180mm、全長は1,500~2,000mm程度にもなり、切削工具としては特大ともいえるサイズでありながら、かなりの高精度が要求されます。そのため、高精度な歯形が要求されるシェル部だけを分割する組立形をやむなく採用し、シェル部のみを歯車測定装置で何とか測定しながら研削加工を行っていました。しかし、巨大な一体形を高精度に測定するには、従来とは全く異なる概念の新たな測定装置が必要でした。そこで、当時のエンジニアが、「歯車歯形成形研削加工のインプロセス誤差補正に関する研究」に取り組み始め、画期的な機上歯形計測装置の開発に成功します。これが世界初の快挙となり、当社は日本機械学会奨励賞を受賞、そのエンジニアは後に、大阪大学大学院工学研究科より工学博士号を授与されました。その研究内容を簡単に紹介すると次のようになります。

 「機上で平歯車およびヘリカル歯車の歯形を高精度に研削加工する際には、砥石成形の研削誤差や歯形成形の研削誤差による形状測定誤差が発生します。この誤差をリアルタイムに計測し、計測データを解析して誤差修正プログラムを自動で作成、直ちに研削加工機にフィードバックします。こうした一連のシステムを組み合わせることで一定の歯車研削加工精度を確保します」

 このように、新たに開発した画期的な機上歯形計測装置と、位置決め精度に優れたCNC研削盤を利用することで、一体形ブローチでも任意の刃先形状(歯形)を高精度で研削加工できるようになり、当社は世界で初めてとなる一体形の大径ヘリカルブローチの開発に成功したのです。

 一体形ヘリカルブローチは、本体とシェルを一体で製作することにより、ブローチの製造コストを大幅に下げつつ、高精度な歯車加工を実現します。また、各切れ刃にかかる切削負荷を最適化できるため、ブローチ全体の摩耗量が少なくなり、再研磨までの加工数(工具寿命)が向上します。さらには、組立形の最大のデメリットである再研磨時のシェルの分解・組立・位相の微調整などの煩雑な作業が不要となるため、ブローチ加工全体におけるランニングコストの削減も可能になるなど、お客様に多くのメリットをもたらしました。特に、再研磨時の作業軽減については、労働者の作業負荷軽減を強く求める海外のATメーカーから高く評価されています。


Part 4 2010~

ブローチのトップメーカーとしてさらなる高みを目指す

 当社では、一体形の開発を推進してきた一方で、組立形の改良(本体部とシェル部で刃溝の形状と刃溝の条数を変えたもの)にも取り組んできました。刃溝の形状については、「軸直角(リング溝)タイプ」と「オフノルマル(ねじれ溝)タイプ」があり、軸直角タイプはオフノルマルタイプに比べて、切削荷重の変動が大きいため、寿命が短くなる欠点があります。これに対してオフノルマルタイプは、切削荷重の変動が小さく、歯形精度、工具寿命が向上しますが、再研削時に専用の設備が必要です。

 組立形には、本体部とシェル部が共に軸直角タイプ、本体部が軸直角でシェル部がオフノルマルタイプ、本体部とシェル部が共にオフノルマルタイプがあり、それぞれ本体部とシェル部において刃溝の条数を変えたものもあります。例えば本体部は4〜6程度の条数にし、シェル部はその倍の8〜10程度まで増やすことで、切れ味が向上します。

 一体形も、刃溝については組立型と同様に、本体部とシェル部が共に軸直角タイプ、本体部が軸直角でシェル部がオフノルマルタイプ、本体部とシェル部が共にオフノルマルタイプのものがあります。なお、一体形で本体部とシェル部の条数を変えたものは、現時点でまだ開発途中となっています。

 ブローチをさらに高い精度でつくるためには、研削加工中の温度をシビアに管理しなければなりません。多くの切れ刃を全て研削するのに数時間かかるため、その間に温度変化があると研削加工機自体が伸び縮みしてしまい、最終製品のピッチ精度に影響します。当社では、このような温度によるわずかな変化も抑える工夫をしながら、今後もより品質の高い、高精度なブローチをつくっていきます。

tec_vol06_05_ja.png

ヘリカルブローチの歴史を振り返って

西川 ブローチをはじめとする精密工具部門は、お客様との距離がとても近いことが自分にとってありがたいと感じています。お客様の現場で使っていただく切削工具であるからこそ、その使い勝手からトラブルの相談まで、全てが貴重な情報です。もちろん、ときにはお叱りを受けることもありますが、そのようなときこそ単に不具合の解消にとどまらず、さらに一歩突っ込んでみる。そのお客様の今後の役に立つためには、どんな工具をお届けすればよいかを考える。お客様から課題をいただき、それを解決する。この繰り返しが私たちの成長を支えています。

河野 精密工具の世界は、理屈どおりにならないからとても面白い。簡潔に言えば、これがブローチづくりの醍醐味かもしれません。大径ヘリカルブローチでは長さが2メートルを超えるものがあります。ブローチの末端についている最後の切れ刃形状がほんの少し違うだけで最終製品の歯形精度に大きな影響があります。例えば、最後の切れ刃をカッターナイフでちょこんと軽く触るだけで精度がぐっと良くなったりする。これは理屈ではなく、また誰にでもできることではありません。これだけ精密につくられている工具の最終的な精度出しが、実はこのようなアナログの感覚で行われることもある、という点に興味が尽きません。

tec_vol06_06.png
(左)精密工具製造部 部長 西川光生
(右)精密工具製造部 部長補佐
開発設計グループリーダー 河野賢祐
トップページへ